緑乃帝國 緑のオンライン文芸誌

世界の緑化を推進するウェブログ形態のオンライン文芸誌

バブルダイバー DIVE:01 ダゴン襲来(ダゴン・アタックス)

 不純物を多く交えた海水の見通しはすこぶる悪い。深緑色の海は水深二十メートルにしてすでに黒以外の色彩を奪い、着繰身(シェラフ)のアイライトだけを頼りに潜行することになる。
 闇に完全に溶け込んだ一番機くろしおは、メインカメラとアイライトをせわしなく動かし、用心深く潜っていく。
 テツローの搭乗するくろしおの全高は約八・五メートル。ヒトの約五倍の大きさに当たる。ずんぐりとした円筒形の胴体に、短い手足がついている。頭部は円盤形で、大きなメインカメラとアイライトが特徴的だ。水中での動作を考慮して、フォルムには徹底して曲線が用いられている。
 装甲板はチタンと高張力鋼、そしてタングステンの複合合金。二層の気密機構を備えている。潜ったことはないが、理論的には水深一千メートルまでの潜行が可能だとされている。着繰身(シェラフ)の中ではかなりの高級品といえるだろう。
 ただしこれほど贅沢につくられているのはくろしおだけで、後に続くしらなみは通常の高張力鋼を用いている。
 その用途から、着繰身(シェラフ)の両腕は作業用のマニュピレータになっているのが常だが、くろしおの左腕は掘削用のドリルアームに換装されている。半年ほど前潜行中に左腕部を破損したが、以後新しいマニュピレータや修理用の資材をテツローたちは発見できていなかった。そこで仕方なくドリルに換装したのであるが、これがなかなか使い勝手がよい。背嚢(バックパック)に収納する道具(ツール)が一つ減らせるし、しらなみとのツーマンセルで動く限りは、片腕でもそれほどの不便はなかったのだ。
 以来、くろしおの左腕はドリルのままだ。
「姉御。しらなみのカメラに何か映ってる?」
「アンタの背中以外は、そちらと一緒さ」
 しらなみは全高約八メートル。くろしおに比べるとやや小柄で痩身だが、そのぶん小回りは利く。メインカメラには三板式の大型が採用されている。腹部には簡易修理キットを装備しており、先行するくろしおのサポートを主目的として設計されている機体だ。
 二機はさらに深く潜行する。ハイドロジェットとスクリューを駆使し、姿勢を制御したまま降りていく様は、操縦士たちの熟練を示すものだ。注水ポンプがイオンバッテリーに送水するモーター音が機内に響く。水はバッテリー内で分解され、水素を腰部の発動機(ジェネレータ)に、半分の量の酸素を操縦席に供給する。
 水深百七十メートル。十五億立方キロの海水が装甲板をノックしはじめる。
「イスト・ヒロシマ!」
「……何だい、それ」
「ビンゴ! ってことさ」
「アンタ、たまにわからないこと言うね」
「秘密を着飾って魅力的になるの(ウーマン・ウーマン)は女性だけの特権じゃないってね」
「鏡なら辺り一面にあるよ」
「磨かなきゃ使えないのが残念だ」
「女の特権だってそうさ」
 くろしおのカメラが、暗闇の中に僅かな輪郭を捉えはじめた。失われた世界の遺産。その残滓。
「こいつは……商業施設っぽいなぁ。トーゴーの話じゃ、農場のはずだが」
「情報が古かったんじゃないかい? 農地が商業施設に作り替えられるってことは、結構頻繁にあっただろう」
「それは聞いたことがある」
 手近な建造物と思わしきものに降着する。それは明らかに二階層以上のビルディングの形をしており、平面的な建造物の多い農場の雰囲気はない。運営していた企業のものと思しき看板が、最上部付近に見られた。
「とりあえず回ってみるか」
 目当てのものが見つかればよし。そうでなければ、何か役立ちそうなものを発見して持ち帰る。それが潜行者(ダイバー)の日々の糧だ。
 アスファルトの海底を二足で歩む。潜水艇では真似できないことだ。資源の引き上げ(サルベージ)は、着繰身(シェラフ)があってこそ効率的に行える。着繰身(シェラフ)がなければ、新世界の復興はもう五年は遅れているだろう。
 ソナーが後方で金属音を探知する。おそらくしらなみが降着したのだろう。ちょっと離れすぎかと思い、テツローは速度を落とした。
「……おやおや」
 ドーリンも予想と大きく食い違っていたようだ。
「テツロー。どこだい」
「十二メートル前方。少し先行しすぎたかな。待つよ」
「男を待たせるのは好きじゃないんだ。入れそうかい」
「今入り口を探している。……あった」
 その昔出入り口であったろうと思われるガラス扉が発見できた。着繰身(シェラフ)の大きさではもちろん入れないが、幸いにも入り口側一階は全面ガラス張りの構造になっていた。
 操縦席左側のスイッチを軽く弾く。モーター音が轟き、左腕のドリルが回転をはじめた。
「優しくしてやりたいところだが、勘弁な。なに、痛いのは最初だけさ……」
「……アンタもそういう冗談(ジョーク)が好きになったね」
「姉御のせいだぜ。責任取ってくれ」
「十年経ってトーゴーの物真似が似合うようになったらね」
 ドリルをガラスに叩きつける。装甲板と同じく、チタンとタングステンで練鍛された掘削用ドリルは硬質ガラスを易々と貫き、大穴を穿った。
 ドリルを左右に動かし、穴を広げてゆく。外側ではさぞ大きな破壊音が響き渡っていることだろう。
「出入り口確保。侵入するぜ」
 ガラス扉の横手に開けた穴から、くろしおは施設内に潜り込んだ。
 予想どおりというか何というか。内部はやはり多数の購買層を想定したマーケットの様相を呈している。顔には出さないが、心の内の落胆は大きい。この手の商業施設の探索は実入りが少ないことが、過去の経験からテツローにはわかっていた。
 入り口側のカウンターが並んだ場所へ、くろしおを移動させる。バックパックの最上部を開くと、その中へおもむろに、カウンター上の金属ボックスを放り込んだ。レジスターと呼ばれる店舗用の計算機だ。内部にはコンピュータ部品が詰まっているし、外箱は大抵鉄かアルミ製だから部材として再利用できる。そして中に詰まっている旧世界の貨幣も、時には役立つこともあった。
 カウンターを移動し、それぞれに一つずつ据えられているレジスターを次々と放り込む。全部で八台あり、これはなかなかの収穫といえた。
 次に陳列棚へ移り、しばらく吟味をする。缶詰の棚の前で立ち止まり、しばらく考えたあと、再び左腕のドリルを発動したテツローは、缶詰棚左右の棚を破砕した。
「この大きさと重量だと、一棚が限界だな」
 切り離され、独立した缶詰棚を持ち上げ中身をバックパックへ流し込む。その後スチール製と思われる棚自身も無理矢理バックパックへ詰め込んだ。
「ま、こんなもんだろ」
 バックパックを密閉し、排水する。スクリューを軽く回転させ、出入り口へと機を運ぶ。
 近付くにつれ、通信機から雑音が漏れ出してくる。俺は少し速度を上げ、出入り口を潜った。
 やや鮮明になったドーリンの声が飛び出す。
「……こえるかい、テツロー。返事しな!」
「こちらテツロー。感度良好。どうした姉御」
「ソナーに反応。どうやら先客がいるようだよ。物資は?」
「とりあえず目についたものを掻き集めてきた。……それ、持っていくのかい?」
「手ぶらで帰るわけにゃいかないだろ」
 しらなみは、商業施設のガラス扉を左小脇に抱えていた。くろしおが内部を物色している間に取り外したらしい。
「方角は」
「九時。ちょうどあの建造物の向こう側……うおっと!」
 地が震えた。その地響きは、何か大きなものが地の上を滑り、蠢くような。
「こいつはでかいぞ……」
「テツロー、撤収するよ!」
 ハイドロジェットを最大出力に上げ、しらなみが上昇する。くろしおも後に続いた。
 百七十、百六十九……。二機の着繰身(シェラフ)が海底を離れる。その底を埋めるように、黒い物体が、ぬるりと。
 姿形(フォルム)は、魚のように見えた。だがしかし。
 着繰身(シェラフ)の全長はヒトの約五倍。海の底をたゆたう物体は、その着繰身(シェラフ)の全長を凌駕していた。
 アイライトの光を受けて輝く鱗。そして上に向けて開いた口腔には。
 鋭い牙が覗いていた。
「……魚類型変異種(ディープワンズ)か?」
「いや、こいつは……。海洋哺乳類型変異種(ダゴン)だ」

 すべてが海に沈んだ世界。沈んだものたちは海にとって決して有益なものばかりではなかった。いや、表現に正確を期すならば、それらの半分。いや、七割以上が、星と、海と、そしてそこに棲まいし生物たちにとって大いに有害なものだった。
 失われたヒトの数。それの百倍、千倍、万倍の海洋生物が永久に姿を消した。
 生き残った少数の者たちも、無事ではなかった。汚染された世界で生きていくために、残されたモノたちは変貌を余儀なくされた。生き方を変えねばならなかったのは、ヒトだけではなかったのだ。
 中には、獰猛で、凶暴で、それはまるで、この新たな世界を否定し、世界そのものを噛み千切り、摺り潰してしまうような。
 そんな生物に変化したモノもいた。
 泡の底へと潜る潜行者(ダイバー)たち。だが泡の底には、地上にいては知り得ない暗黒が広がっている。邪神が蔓延る地獄(アビス)が広がっている。
 そんな地獄の泡の底へ、命を賭して潜る者たち。その者たちを総称して、ヒトは呼ぶのだ。
 - (泡の底へ潜る者)バブルダイバー、と。

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  1. 2007/10/30(火) 21:36:31|
  2. 茶林小一【バブルダイバー】
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赤裸々

 今日こそははっきり言っておこう。
 君の身体だけが目的なんだ。

 肩で切り揃えた艶やかな君の黒髪が好きだ。
 潤んで僕を見つめる君の瞳が好きだ。
 むしゃぶりつきたくなる君の唇が好きだ。
 ちょっと尖った顎からやさしい丸みを帯びた肩までのラインが好きだ。
 細い二の腕としなやかに動く白い指が好きだ。
 服の上からでもその存在を誇示し、柔らかな触り心地を与えてくれる二つの膨らみが好きだ。
 必要なだけの肉と弾力と僕の視神経を刺激する魅力を持った君のおなかと腰回りが好きだ。
 少しだけ突き出た、理想的な丸みを持つそのお尻が好きだ。
 そのお尻から伸びる脚の曲線と滑らかさが好きだ。
 太股の付け根にある黒子が好きだ。
 扇情的な色香を備えた脹ら脛と足首が好きだ。
 僕の指の動きに敏感なその肌が好きだ。
 僕のお願いを忠実に再現する君の舌遣いが好きだ。
 上目遣いで僕を見るその表情が好きだ。
 感極まって鳴くときの君の声が好きだ。
 引き締まった背中とそこを流れ落ちる汗の匂いが好きだ。
 小さい頃に怪我をしたという脇腹の傷跡が好きだ。
 もちろん、具合は最高だ。

 もう一度だけ、はっきり言っておこう。
 君の人格なんて、正直どうでもいいんだ。



 なおこの作品はあくまでフィクションであり、実在の作者の思想とは一切関係がない。ないんだってば。
  1. 2007/10/30(火) 12:13:49|
  2. 茶林小一
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バブルダイバー 序章

 水平線を境に世界が蒼と碧に分断されている。境界線付近には僅かに灰色の雲が堆積しているが、まずまずの快晴といってよかった。甲板に吹き付ける湿り気の少ない風も肌に快い。
 海は空の色を映して青く見えるという。だが今では、どこを見ても一面の深緑色だ。この世で一番大きな鏡は、長年手入れもされないせいで曇ってしまった。表面を指で掬ったなら、埃(ヘドロ)が山一つも取れるだろう。
 波音を掻き消していたエンジン音が小さくなる。
 舳先近くに青年が立っていた。黒色の、身体に貼り付くような潜水服(ドライスーツ)を着込んでいる。全体的に痩身だが、肩や二の腕、太股には筋肉が盛り上がりを形成しているのが見て取れる。黒い相貌の上、額に乗せられている銀縁(シルバーフレーム)の眼鏡が格好にはそぐわないが、それなりの海の男の姿に見えた。
「テツロー。もうすぐ到着だって艦長が」
 後ろから声をかけられ、振り向く。浅黒く焼けた顔の上に乗った黒の短髪を掻きながら声の方へと歩いていった。
 操縦室(デッキ)から出てきた三人娘の末っ子ナイが小走りで近付いてくる。白い肌に大きな瞳。立襟前合わせの、身体の線に貼り付くような衣装。裾は長いが腰骨にかかるくらいの深いスリットが側面に開けられている。下衣には上衣とは逆に直線的な裁断のパンツルック。何でも祖国の民族衣装で、彼女たちの母親と祖母が、手縫いで一つ一つ仕立ててくれたのだそうだ。だがその母と祖母も、今はもういない。
 小脇にはこれもまた民族衣装だという日除けのすげ笠を抱えている。
 テツローの近くに寄ると、まだ十五歳のナイは頭一つぶん以上の身長差がある。見下ろすテツローには手入れのされていない、テツローのものよりも一段黒いナイの頭髪が気になった。
「ナイ。いい女が台無しだ」
 そう言ってナイの短い髪の毛をかき回す。ナイは抵抗もせず、ふてくされたように視線を落とした。
「別にいいもん。見てくれる人なんて、誰もいないもん」
 テツローは不意に顔を近づけた。
「……俺じゃ不満か?」
 一瞬で真っ赤になる。荒くれ者たちの際どいジョークには、まだまだ慣れないらしい。
 大笑いして肩を叩き、すれ違う背中へと「テツローのバカーっ!」という罵声が飛ぶ。テツローは片手だけを上げて返事をし、格納庫へと降りていった。

「姉御、調子はどうだ」
「生理の終わった翌日くらいハッピーだよ。カミさんはどうしてヒトを不完全につくりたもうたかね」
「オヤジの方がカミさんより下だからさ。寝室でもね」
「どういう意味だい?」
「俺の祖国でしか通じないジョークだ。忘れてくれ」
 格納庫へ降りるとドーリンが先に来ていた。テツローと同じくすでに潜水服(ドライスーツ)を着込んでいた。日に焼けたものではない生来のものの褐色の肌とブルネットの髪。豊満な胸部はスーツを大きく押し上げている。ちょっときつめの切れ長の目は惹きつけられる魅力がある。白の護謨衣(ボンデージ)を纏った全身は蠱惑的な曲線を描き、見慣れるまではテツローもつい目でその姿を追ってしまっていたほどだ。当年とって二十九歳。口さえ閉じていればムダに美人だ。
 薄暗い格納庫にはもう一人先客がいた。ナイと同じ格好の、三人娘の次女アワが、年代物の大きな眼鏡を直し直し機動準備(ハンガーアップ)された機体を見上げている。顔を動かす度に後ろ髪のおさげが揺れた。
「お気に入りの品は見つかりましたか? マドモアゼル」
 声をかけたが機体から目を離さない。見つかったらしい。
「これ……。何だかペンギンみたい」
「いい勘だ、嬢ちゃん。このフォルムはな、ペンギンをモデルに造型されているんだ」
「艇長の真似? 似合わない」
「もう十年もすれば似合うようになるさ」
 アワと一緒に見上げる。視線の先には三機の大きなヒト型ロボット、確かに見ようによってはペンギンにも見えるそれが並んでいた。
 高軌道型汎用潜行艇。一般にはそう呼ばれている。だがテツローたちの間では着繰身(シェラフ)と呼ばれることが常だった。失われた世界の、遺された遺産。その集大成であり、残された世界に生きる者たちの最後の希望だった。
「ほらそこ。浸ってないで準備しな」
 ドーリンから叱責が飛ぶ。それを機にアワはようやく機体から目を離し、テツローは己の機体へと歩を進めた。
 黒。白。青。着繰身(シェラフ)は三色に色分けされている。白色の機体にはすでにドーリンが乗り込んでいた。伏臥させてある黒色のハッチを開き、操縦室に乗り込む。顔を出さないが、青色の機も準備は万端のようだ。
「三人とも、無事で帰ってきてね」
 アワが心配そうにこちらを見ている。ドーリンは無言で親指を立て、ハッチを閉めた。
「無事で帰るさ。艦長の物真似が似合うようになるまでは生きたいからな」
 テツローもハッチを閉じた。エンジンキーを捻ると同時に重低音に包まれる。こいつは確かにハッピーだ。テツローは思わず口笛を吹いた。
 操縦室に三人娘の長女、マニの澄んだ声が響く。
「宜しいですか皆さん。十カウント後にドック開きます。美味しいお料理用意して待ってますから。カウント開始します。十、九、八……」
 ゼロと同時にドックが開き、注水が開始される。それを待って、まずは黒塗りの機体が飛び出した。
「一番機くろしお、先行するぜ。姉御、龍さんバックアップよろしく!」
「ここんとこバックばかりでマンネリだけどね。二番機しらなみ、続いて出るよ!」
 深緑色の海に、金属製のペンギンたちが潜っていった。

 XXXX年。極地点より撃ち上げられた超巨大移民船団は、疲弊した母星を守り、その再生を掲げていたテロ組織『母星教団』の暗躍により、宇宙圏に出る前の段階で爆破四散した。
 その大規模な爆発は核に匹敵する衝撃波と熱量を極地点に振り撒き、以前より緩やかなる溶解が懸念されていた極地点及びその周辺海域の永久凍土を一瞬にして気体に変えた。
 全星規模の”カミの津波”が地表を完全に洗い流した後、空気中に蓄えられた水分は長期的な、しかも今までに例を見ない豪雨となって平らになった地表に降り注ぎ、そして水没させた。
 かくして大地に表層の三割を許していた母星は、その慈悲を失い、ただその涙のみを宇宙へ晒すことになった。
 ヒトはそのジン口の九割を失い、また多くの頭脳と技術をも失った。それでも生き残ったヒトビトは、僅かに残された山頂の土地や、ジン工島の土地を巡って争いを続けた。
 その中から、争いに負けた者、乏しい陸地での生活に見切りをつけた者、新しい可能性を求める者たちが、大地に背を向け、海の上で生きることを選択した。
 陸地がないということはまた、資源が手に入らないということでもある。
 それまで彼らが享受していた資源は、すべて海の中にあった。となれば、多くの者が同じ考えを巡らせる。
 ならば、海の中へ資源を採りにゆけばよい。
 幸いにして、幾らかの技術や資材は地上に遺されていた。幸いにして、それらを必要とするヒトの絶対数は大きく減少していた。そしてもう一つ、幸いにして。
 生き残ったヒトの中にはまだ、冒険心を失わない者たちがいた。
 潜行服や着繰身(シェラフ)一枚を纏って、深海へ潜り、資源を集める。または水没した施設から機材や技術を文字通り拾い上げる。それを生業とするヒトの集団が、今や世界の九割を占める海へと散っていった。
 深海へ潜るとき、その水圧と酸素供給による問題で、潜行者の視界は一時白く、または黒く塗り潰されるのだという。そしてそれは一瞬で起こるのではなく、まるで視界が泡立つように、少しずつ、少しずつ塗り潰されるのだという。
 そのような話と、そういった潜行者たちの寿命が短く、特に一年以内に命を落とす者が半数を超えることから。陸に棲む者たち、そして時には彼ら自身が自嘲を込めて、こう呼ぶのだ。
 − 泡の中を潜る者(バブルダイバー)、と。

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  1. 2007/10/23(火) 15:51:17|
  2. 茶林小一【バブルダイバー】
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愛玩動物

【信号柱倒壊 犬の尿が原因か】
 X日夕方、Y街で信号柱が部材の腐食から突然折れる事故が起きた。自転車で通りかかった通行人がその影響を受け、軽い怪我をした。
 信号柱の腐食はおそらく犬の尿によるものではないかと考えられている。

【鳴き声により不眠障害 隣人刺す】
 X日夜、Y市で傷害事件が発生。加害者は隣人宅で飼われていた猫四匹の夜鳴きにより一年以上に渡り不眠障害に悩まされていた。加害者は幾度となく隣人に改善を申し立てたが聞き届けられず、我慢ができず犯行に及んだ模様。

【十八歳巨乳美女 公園に全裸で放置】
 X日早朝、Y町の公園で十八歳Fカップの巨乳美女が全裸で横たわっているのを通りかかった男性が発見した。
 女性は全身を縄で緊縛され、自分一人では身動きできない状態だった。技巧の美麗さから、警察は何らかのプレイの最中か直後に放置されたものとみて捜査を進めている。

【女性にアザラシ移植 医師逮捕】
 X市内のYクリニックにおいて、女性の胸部にアザラシを移植したとして医院所属の医師が傷害罪の疑いで逮捕された。移植されたアザラシは女性がペットとして飼っていたもので、移植は女性の希望によるものだった。
「小さい胸にコンプレックスがあった。アザラシを移植すれば胸が大きく見えるし、いつも一緒にいられるからいいと思った」
 と女性は動機を語っている。

【ハムスター巨大化 テレビ塔倒す】
 X日未明、Y県広域において巨大化したハムスターが暴れる事件が起こった。ハムスターはペットとして飼われていたもので、飼い主が毎日美食を与え続けたため肥大、巨大化し、飼い主の手にも負えなくなって戸外へ逃げ出した模様。ハムスターは県内でテレビ塔や重要文化財の城を損壊し、テーブルをひっくり返し、板前と女将を怒鳴りつけながら北上を続けている。
 飼い主はハムスターにユウザンと名付けていた。

【厚生大臣 飼い主に苦言】
「そもそも人間の九割がろくでもない上、中でもペットを飼おうなんていう人間は輪をかけてろくでもない者が多い。己の躾も満足にできないのだからペットの躾なぞできなくて当たり前で、ペットよりはまず飼い主の方をこの世から処分した方がいい。そうすれば世の中も多少はよくなる。ヤツらこそアイ癌動物だ。目の癌だ」
  1. 2007/08/21(火) 13:23:36|
  2. 茶林小一
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無人島の冬 〜ポロリもあるよ〜

 カリブ海はメキシコ湾の南側、カリブ諸島に囲まれた大西洋に隣接する水域である。
 古来より海賊の頻発、氾濫する海であることは有名である。それはこの海域が無人島を含む大小さまざまな島々によって構成され、それらの島は隣接するベネズエラ、パナマ、コロンビア、コスタリカといった十を越える国の管轄が入り組み、統一された組織による犯罪者の捕獲・駆逐が困難であることが大きな理由として上げられる。またそのため犯罪者が逃げ込むのに好都合な立地条件でもあった。
 その状況は現在でも変わってはおらず、平成のこの世にもカリブ海は未だ海賊天国であり、カリブ海域で輸送船が拿捕されたり、観光客が捕らえられて身代金を要求されたりといった事件が新聞やニュースを賑わせることがある。変わったのはその昔彼らが手にしていたのがシミタールやカットラスであったのが、今ではウージやカラシニコフである点であろう。
 だから覚悟はしておくべきだったのだ。こういうこともあるのではないか、と。
 人一人いない島の頂きで、澄みきった青緑の空に向かって、叫んだ。
「巨乳なんて、キライだーーーーー!」

 ザムザぐれ子はカリブ海域では有名な海賊だった。朝起きたら乳がアザラシになっていたと豪語するほどの巨乳の持ち主で、界隈では『カリブのパイオツ』、または『パイオーツオブカリビアン』の二つ名で知られている。性格は粗暴かつ残虐で、その昔彼女の胸をただ脂肪の塊呼ばわりした暗殺拳伝承者は、今まで自らが手をかけた者たちと同じような状態で最期を遂げた。
 そのぐれ子に俺が目をつけられてしまったのは、俺が巨乳に目がなく、眼前に頂を誇張する山々があればそれを揉みしだかずにはいられない性格だったからだ。だから、俺の乗っていた舟が拿捕され、ぐれ子の前で一列に並ばされ、世に二つとないそれが目の前を通った瞬間つい手を伸ばしてしまったとしてもこれはもう仕方がないことだろう。何と言っても彼女はデニムのホットパンツの上に黒いタンクトップ一枚、もちろんノーブラだったのだから。
 彼女が凍り付いた表情で機関銃を取り上げるのを見て、俺は腕を押さえていたジョニーデップ激似の海賊を振り切り、海に飛び込み、泳ぎ、この無人島へ、逃げ着いたんだ。
 まさか追ってくるなんて、思ってもいなかったんだ。
「ケツにキスしな、ファッキンジャップ」
 お上品に翻訳してだいたいそういった意味合いのスラングを叫びながら、機関銃を乱射する。俺は岩や椰子の木を盾にしながら、這々の体で逃げ回る。
「何でそんなに怒るんだ。君の持ち物が素晴らしいから、その、ちょっと手が伸びてしまっただけじゃないか!」
「黙れ変態大国ファッキンジャップ。その手の指を全部切り取ってミキサーに突っ込んでやる」
「照れることはない。世界に誇れるそれを、君は胸を張って見せつけるべきだ」
「お前らセクハラ男は知らないだろうが、Dカップ以上の女性の三分の二が自身の胸にコンプレックスを抱いている。そちらの職業に就いたものなら利用のしようもあるが、それ以外では必要以上に大きいことは無用の長物。そう思っているのを知らないのかこの腐れマラ」
 確かにむやみやたらに触られたり視線が集中したりすることは気分のいいことじゃないかもしれないなあ、と自らの行いを棚に上げて思う。
 しかしながら、これくらいのお触りで命まで狙われることはないじゃないか、と思うのは男の勝手な判断だろうか。そうかもしれない。
「だが、壁おんなと山おんななら山おんなを選ぶのが男というもので、そう考えれば大きい方が得というものじゃないか」
「そういうバカ男が多いからムカつくんだ。結局小さくても大きすぎても女にとってはコンプレックスになるんだ。貴様らバカ男のせいでな!」
 話が八つ当たりっぽくなってきた。八つ当たりで殺されてはたまらない。
 銃弾の雨を避け、雑草を掻き分けながら上へ上へと走る。途中ペンギンの群れとすれ違った。種類はわからなかったが、何であれカリブ海にはペンギンはいなかったはずだ。奇妙に思ったが今はそれどころではない。7.62ミリ弾が絶え間なく降り注いでくる。何頭かのペンギンが流れ弾を食って四散する。立ち止まれば、俺もああなる。ファッキンジャップくらいわかるよバカヤロウ。
 このまま逃げては追いつめられる。島の裏側に逃げなければ。
 逃走コースを横に変えた。そのときだ。
 ぽろり。
 と、足下の地面がこぼれ落ちた。
 いつもそうだ。ポロリもあるよ。その一言に、騙されるんだ。
 そう思いながら、落下した。
 落下した先は柔らかかった。
「何だい。人の胸の上に落ちてくるなんて、失礼な男だね」
 女の声に慌てて立ち上がると、そこにはこれまた豊かな胸部を持つ女性が、いた。
「あたしはアンジェリーナ。トレジャーハンターだ」
 トゥームレイダーの評価すべきところはそのゲーム内容ではなく、ホットパンツ姿の巨乳美女というトレジャーハンターのイメージを定着させたところだと思う。個人的に思う。
「ここは確か無人島だと思ったんだが……あんたここの住民かい?」
「そうだ。そしてこの島では互いの胸に触れ合うのが挨拶となっている」
 上から文字通り銃弾が降ってきた。
「もう新しい女に手を出したのかい、セクハラジャップ」
 これから出すところだ、と答えたかったが油を注ぐだけなのでやめておいた。
「何だいあの女は」
「凶暴な海賊だ。早くここから逃げるんだ」
「そうはいかない。この島にペンギンがいる秘密を見つけださなければ」
 それに、と言いながら引き締まった腰から得物を引き抜いた。こちらは二丁拳銃だ。
「あたしは自分より胸の大きな女は嫌いなんだ」
 たちまち銃撃戦が始まった。俺にできるのは、もちろん逃げることだけだ。
 落ちたところは天然の洞窟だと思っていた。だが、奥へ進めば進むほど。周囲の岩壁は明らかに機械的に切り出された形状に変わり、奇怪な文様が散見されるようになった。
 なるほど。アンジェリーナはこの遺跡を調査していたのだ。
 岩壁が狭まってくる。このままいけば行き止まりになるかもしれない。しかし、引き返せば待っているのは死だ。進むしかない。
 三分ほど走った。両壁は身体の幅くらいまで狭くなっていた。ここまでか。そう思ったとき。
 道が開けた。
 広場だった。床から壁面、そして七メートルほどの高さの天井までもが、水晶と思われる鉱物に包まれ、天井の隙間から射す陽光を受けて輝いている。
 そしてその中央に、盛り上がった高台があった。
 吸い寄せられるがごとく高台に近付く。水晶を削りだしたような、大きなレバーのようなものがそこにはあった。
「見つけたぜ、エロジャップ」
 後ろから声がした。振り向くと、そこにいたのは予想どおりぐれ子だった。アンジェリーナも一緒にいる。
「彼女から話は聞いたわ。確かにあなたは女の敵だ」
 三つの銃口が俺に向けられた。どうやら意気投合してしまったらしい。この遺跡は、俺にとっては絶体絶命都市であったようだ。
「しつこいオトコは嫌われる。いい加減くたばりな」
 ままよ。俺は高台にすがりついた。そしてレバーを、動かした。
 お約束のように轟音が響く。そして島全体が激しく揺れはじめた。
「何だ、これは」
「乳が……反応している……」
 島がその身体を揺さぶる。大地を揺さぶる。ぐれ子とアンジェリーナの胸も揺れる。
 そして島の表皮が。剥がれ落ちるように。草と土と岩の下から。純白の氷壁が迫り出し、貫き、翼を広げ。
「これはいったい……」
 地球の気候は周期で変化するといわれる。今熱帯である場所が、千年後にも熱帯であるとは限らない。
 そのようなときに、もしも気候を自在に調整できる機構があれば。そのようなことを、古代の人間も考えたのかもしれない。
 その昔。ある地方でロケットの打ち上げがあった。火星へ第一期の住民を送る、テラフォーミングの一環である巨大船団ロケットだった。
 打ち上げられたのは冬だった。多くの人々に見送られ、打ち上げられたロケットは、その際に放射した熱で、一帯に一時的な夏をもたらした。それはロケットの夏、と呼ばれた。
 土壁とともに海に落ちたペンギンたちが気持ちよさそうに回遊する。ぐれ子とアンジェリーナも青白い光に包まれ、海へと運ばれていった。アザラシのような胸は、本当のアザラシへと変わってしまったのかもしれなかった。
 突如発生した氷の島は、カリブに初めての冬をもたらした。
 俺は一人、島の頂上に立っていた。そこは今、まさに世界の中心であるように思えた。
 助けが来る可能性は、なかった。俺は叫んだ。

[無人島の冬 〜ポロリもあるよ〜]の続きを読む
  1. 2007/07/10(火) 23:54:22|
  2. 茶林小一
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編集人

Author:茶林小一
 バカSFからバカSMまでをモットーに、火星人や大和撫子などの絶滅危惧種を保護するため世界緑化運動を推進しています。応援よろしくお願いします。

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