緑乃帝國 緑のオンライン文芸誌

世界の緑化を推進するウェブログ形態のオンライン文芸誌

バブルダイバー DIVE:05 想像してご覧(イマジン)

 シュワルツェン搭載着繰身(シェラフ)一番機アルゲスの搭乗者カールは戦慄していた。
 どのような計画(シミュレーション)にも当てはまらない結果だった。こんごうメンバーが熟練の潜行者(ダイバー)集団であるのは知っていたし、その実力のほどもできうる限りの情報収集に務め、把握していたはずだった。
 そしてその上で、たとえ妨害に出てきても撃退し得ると判断したのだ。
 装備でも、着繰身(シェラフ)の機体性能でも、シュワルツェンはこんごうを遙かに上回っていた。足りないのは潜行経験量だが、シュワルツェン側の操縦者(パイロット)はカールを含めて全員元軍人であり、こと戦闘行動においては劣るものではないと考えていた。
 恐ろしいのは青龍(ブルードラゴン)の射程外からの狙撃とくろしおとの格闘戦だけ。そのはずだった。
 マイクロ魚雷さえ満足に配備していない相手にどうやって負けろというのか。三番機操縦者(パイロット)のミハエルはそう嘯いたものだ。
 その油断こそが敗北を招いたのだろうか。否。口でこそそんなことを言っていたものの、彼ら三人の分析(シミュレート)と戦術(タクティクス)は慎重だった。慢心が没落に繋がることを、知らぬ者は我が民族にはいない。
 しかながら、ステロペスとブロンテスからの通信は完全に途絶えた。それが現実だ。
 判断を下さねばならない。水上の探査攻撃艇(クラーケン)に通信を送りつつ、カールはアルゲスの魚雷管を開いた。

 シュワルツェン探査攻撃艇クラーケンの操縦室(デッキ)で彼らの艇長(ボス)であるアドルフは焦っていた。
 アルゲスより送られてきた情報は想定の範囲外にあるものだった。単眼巨人(キュクロプス)の三機は今までに数多くの魚類型変異種(ディープワンズ)、そして数多くの着繰身(シェラフ)を沈めてきた。百戦錬磨の操縦者(パイロット)たちだった。
 それがよもや、黄色いサルどもの集団(チーム)から手痛い打撃を被るなど。
 あり得るはずがなかった。あってはいけなかった。
「どうなさいますか、大尉(ハオプトマン)」
 副官のヨーゼフが努めて冷静に判断を仰ぐ。アドルフも、今が衝撃を受けて呆然としている場合でないと理解していた。
「アルゲスに通信。敵の反撃を食い止めつつ予定通り帰投せよ。当艦は探査ケーブルの回収とアルゲスの収艦準備を急がせよ」
「では」
「……仕方あるまい。一度撤退し、体勢を立て直す」
「ブロンテスとステロペスが敵方に何の打撃も与えず沈んだとは思えませんが」
「それは希望的観測論だな、曹長(フェルトヴェーベル)。敵方の被害を判断するためにも、ここは一度退く。それに」
「一機では引き上げも困難です、か」
 アドルフは小さく頷いた。
 アルゲスに伝えるべく通信管を持ち上げる。通信士が耳にしたのは、意外な音だった。
 それは音楽(ミュージック)だった。その場には似つかわしくない。むしろ今の状況には最も相応しくない音楽(バラード)だった。
「何だ、この音楽は!」
「俺、知ってるぞ。こいつは……『想像してご覧(ジョン・レノン)』だ」
 アドルフが双眼鏡を手に窓の外へ視線を向ける。こんごうの船影は遠く向こう側だ。甲板上には降着したあおなぎの印象的な陰影(フォルム)が見える。通信妨害をかけるには、距離がありすぎる。
 それならばなぜ、と考えて気付いた。アドルフは吼えた。
 「謀ったな! トーゴーめ!」

 クラーケンから約五十メートル。その海上に龍(ロン)とトーゴーはいた。混合機(ハイブリッド)エンジンの駆動音が雨と競うように轟音を立てる。三機の着繰身(シェラフ)と共にこんごうに積み込まれていた三人乗りの小型ボート、ぎんれい。その存在を知っている者は、同業者の中にもほとんどいない。ボートの上には先生(ドク)から借り受けた機器が積載されており、その脇で雨合羽(レインコート)を被ったトーゴーがハンドルを握り、後部で龍(ロン)がライフルを抱えている。
 この時化の中、小型のボートを出すことには危険が伴う。だが、だからこそそれが奇襲にも成り得た。
「趣味が悪いぜ、ドクも。天国なんてないって考えてみな(イマジン、ゼアズ、ノーヘヴン)、だとさ」
 龍(ロン)は無言でライフルを構える。シュワルツェンの探査攻撃艇は目前に迫っていた。
「龍(ロン)。何か感想は?」
 龍(ロン)が小さい、低い声で答えた。
「天国があるなどと考えたことは、一度もない」
 ボルトアクション。薬夾が排出されるのと、シュワルツェンの歩哨が肩を押さえて倒れたのとはほぼ同時だった。
「乗り込む」
 龍(ロン)は頷いた。
 遠く向こうにこんごうが見える。降着させているあおなぎの搭乗席にはアワが。そしてこんごうの操縦室にはマニがいるはずだ。
 着繰身(シェラフ)で取り付くと見せかけて、龍(ロン)とトーゴー自らが切り込む。それが作戦だった。もちろん危険な作戦だ。運任せな部分も大きい。
「だが俺たちが今生きているのだって幸運の産物だ。そうじゃなかったか?」
 望まなかった妊娠。新型爆弾による大量殺戮。煙草。世の中はまぐれ当たり(ラッキーストライク)に溢れている。溢れていた。今更一つ増えようが減ろうが、大した違いはない。
 トーゴーが最小限の減速でぎんれいをクラーケンに横付けした。ライフルを背負った龍(ロン)がタラップを架ける。クラーケンはこんごうより大型なので少し高さが足りない。龍(ロン)はタラップを駆け上がると、残りの距離を鮮やかに飛び越えた。
 トーゴーは後に続いた。雨音に混じって靴音が近付いてくるのが聞こえる。
「気付いたか。だが遅い」
両腰から自動拳銃(ハンドガン)を引き抜き、狙点。そのまま無造作に歩いてゆく。銃撃も龍(ロン)とトーゴーの方が早かった。
 一瞬でシュワルツェン側の三名が戦闘不能になる。長靴(ブーツ)の底が甲板を打ち鳴らす。リズムに合わせて大粒の雨も鉄を叩く。タンゴが黒猫(アンラッキー)を連れてくる。シュワルツェンの構成員(メンバー)にとってだが。
 トーゴーは操縦室(デッキ)の扉を蹴り開けた。
「ご機嫌よう、三色旗(ドライカラーズ)。動くなよ。うちの狙撃手の腕は知っているはずだ」
「久々に友に会うとしては少々荒っぽくはないかね。キャプテン=トーゴー」
「見解の相違だな。丁重に扱ったつもりだが。これでも今日はまだ、機嫌がよかったのでね」
 そこで言葉を切って、湿った煙草を吐き捨てる。そして乾いた銃声。
 右手を腰にやったヨーゼフが膝を撃ち抜かれて悲鳴を上げた。床に転がり、脚を抱える。
 アドルフは椅子に腰掛けたまま微動だにしない。
「……あんたらにハメられたと、気付くまではな」
「それも見解の相違だ。我々は互いの組織(チーム)を存続させるために動いているだけ。違うかね?」
「違いないが、不愉快なのもまた事実だな。皆が等しくハッピーに。そんな考えには至らないかい?」
「甘いことを言う。貴様らしくもないな、トーゴー」
 アドルフとトーゴーの視線が交錯する。トーゴーの後ろでは長身の龍(ロン)がライフルを構えている。二人の通信士は硬直して動けない。
「酒場だと思うには殺伐とし過ぎるな。ここで何をしていたか、話して貰おうか」
「私が話すと思うかね?」
「話さなけりゃあ潜って調べるだけだ。あんたらを沈めた後でな」
 アドルフは疲れたように椅子の背に深くもたれ込んだ。そしてため息を一つ。
「……石油プラントだ」
 衝撃的な言葉を吐き出した。
「石油だと?」
「そうだ。故大国の国営企業が試掘権を持っていた」
「聞いたことがないな」
「大国の意向で極秘にされていた。公にはされていない」
「どうして知った」
「我が故国が技術提携をしていた。採掘がはじまれば二割を提供して貰う約束だった」
「だった、ということは採掘は始まっていなかったわけだ」
 アドルフは頷いた。
「話が読めねぇな。だったら今探索しても、益はほとんどないはずだ」
 世界が沈んだ後、石油はその八割が姿を消した。もともと砂の底、海の底に在った石油ではあったが、さらに深き底へ移動したことにより採掘はより困難となった。
 何よりも打撃だったのは、採掘を行うための重機のほとんどが石油燃料で稼働していたため、採掘そのものが頓挫してしまったのだ。掘り出す手段そのものが掘り出されるそれに依存していたために起こった、皮肉な現実だった。
 その現状は、当然この瞬間も変わってはいない。
「掘り出せもしないプラントを探索してどうする。そんなことにおたくらが手を出すはずはないと思うがね」
 左手の銃口を軽く動かし、先を促す。アドルフは諦めたように口を開いた。
「……大国が我が国にも内密に、試掘を開始していた。その備蓄が、プラント内にある」
「なるほど、な」
 石油が手に入れば、重機が使える。重機が使えれば、プラントの採掘も容易になる。シュワルツェンが描いたのはそういう青写真だったのだ。
「知っていたのは我々だけだ。場所がここでなければ、間違いなく我々が手に収めていたろう。残念だ」
「神のご加護がなかったな。自分らだけで世界を回そうとするから、そうなる」
「黄色いサルと手が組めるものか」
 今度はトーゴーがため息をついた。
「アンタらはいつもそうだ。自分じゃなく、世界の方ばっかりを変えようとする。あれが嫌だ。これが嫌だ。色々なモノを排斥していって、それらを攻撃することで世界をつくろうとするんだ。窓から外を覗いてみな。その結果、何ができた?」
 トーゴーが顎をしゃくった。
「アンタらも母星教団(スター・デストロイヤー)どもと一緒さ。そういうアタマが、地獄を呼び寄せたんだ」
 雨が甲板を叩く音。波が船体を叩く音。ハイブリッドエンジンの唸り声。それに混じる、トーゴーの雨合羽から滴る水が床に溜まる音。
「武装はすべて戴いておく。故国に帰りな。アンタらは狭い世界で、ひっそりと生きてりゃいい。それがイヤなら」
 言葉が途切れた。周囲の音がやけに五月蠅く耳に響く。
「黄色いサルや、黒いゴリラや、飛べない鳥や、頭のイカれちまった魚どもや。そういった輩と付き合っていく決心をしな。そいつが、たった一つの冴えたやり方ってモンだ」
 アドルフは答えなかった。何も答えなかった。ただ静かに目を閉じた。
 トーゴー銃口を外し、近付いた。
「着繰身(シェラフ)を引き上げさせろ。今すぐに、な。喧嘩の決着は、ついただろう。ん?」
 反戦歌(バラード)は、いつの間にか鳴り止んでいた。

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  1. 2008/01/22(火) 23:28:18|
  2. 茶林小一【バブルダイバー】
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バブルダイバー DIVE:04 単眼巨人(キュクロプス)

 風が大気を擦りあわせて、音を立てはじめた。
 波は高く、空より落ちる雨粒は一つ一つが大きく、濃密だ。それは嵐の前兆だった。
 その中に浮かぶ黒色の大型艇、シュワルツェンと命名呼称されているその艇の乗組員たちは状況をすでに嵐の渦中であると判断し、引き上げ作業に掛かっていた。
 シュワルツェンは全長約百五十メートル。こんごうよりも一回り大きく、また鋭角的な形状(フォルム)を見せている。直線が多く配され、ごつごつとした、堅牢で保守的なイメージを見るものに与える。そしてそれは船の設計思想や乗組員たちの信念(イデオロギー)にも直結するものであった。
 操縦室(デッキ)には五名の男がいた。こんごうのそれよりも、狭苦しく、灯りも暗い。原因は、壁一面を埋めている様々な計器類だった。こんごうの操縦室(デッキ)に最低限の装備しか配されているのに比べて、ここにはありとあらゆる事態に対処するための、すべての機材が揃えられているようだった。そして計器の前には、常に二人が張りつき、観測を続けている。
 乗組員(メンバー)はすべて同じような、旧世界の軍装に近い詰め襟服を着用し、長靴を履いていた。頭部にはこれもまた同じ意匠の角帽を被っている。全身の色は深緑で統一されていた。
「単眼巨人(キュクロプス)の回収は?」
 中央に立ち乗組員(メンバー)の働きを無言で観察していた男が口を開いた。計器板の前の男が答える。
「アルゲスは間もなく帰投。ステロペス、ブロンテスは十五分です」
「予測よりも時化が早い。急がせろ」
「了解(ヤー)」
 もう一人の通信員が音を慌てた様子で立ち上がり、振り向いた。
「アルゲスより通信! ソナーに反応! 何か近付いています!」
 操縦室(デッキ)にいる全員に緊張が走る。
「……足止めは失敗したか。よかろう」
 リーダーと思われる男が呟く。帽子を被り直し、右腕を肩まで上げた。
「単眼巨人(キュクロプス)に告げよ。黄色いサルどもを海の藻屑にせよ、と。すべては」
 全員が唱和した。
「我らが民族の下に」

 水深二十メートルの海はその頭上に比べて遙かに穏やかだった。厚い水の蓋は強い雨を通すことも、激しい風に凪がれることもない。
「動き出した。気付いたようだね」
「さすが、いい機材を使ってるな。あやかりたいモンだ」
「三時間後くらいにはアタシらのモンさ。沈んでなければね」
「お手柔らかに頼むぜ、姉御」
「あたしより、艇長(キャプテン)に釘刺しといた方がいいんじゃないかい?」
「返事は決まってるさ。『それはあちらさんが決めることで、俺が決めることじゃない』」
「絶望的だね」
「絶望的だ」
 泡を後方に吐き出しながらしらなみが滑るように前進する。そのすぐ後方をくろしおが追っていた。装備はいつもどおりだが、しらなみは前面にジュラルミンの厚板を構え、くろしおは右腕に、先ほどの潜行で手に入れた店舗計算機(レジスター)を抱えている。
「確認しておくよ。ヤツらの着繰身(シェラフ)は三機。すべて同系統で、性能もほぼ同じだ。ただし、少しずつカスタマイズされているだろうし、武装も違うだろう。注意しな」
 軽口の中身ほど、ドーリンもテツローも内心の余裕はない。熟練の潜行者(ダイバー)が集う『こんごう』とわかっていて喧嘩を売ってくる相手なのだ。一筋縄でいくわけがない。
「メイン兵装は?」
「こっちと同じAPS(水中アサルトライフル)。マイクロ魚雷も持ってるだろう。あとは」
「電撃銛(ショックアンカー)」
 シュワルツェンの着繰身(シェラフ)、キュクロプスが装備している電撃銛(ショックアンカー)は有名だ。左腕に装備された銛は張鋼ワイヤーで本体に接続され、秒速百五十メートルで射出される。銛の先端からは電気ショックを放出することができ、その威力は魚類型変異種(ディープワンズ)をも一撃で打ち倒すことが可能だという。また、戦闘以外にも様々な用途に使える勝手のよい装備だった。
「距離三十。来たよ!」
 ドーリンの鋭い声が飛ぶ。くろしおのソナーにも反応があった。暗い海中を切り裂いて曳航線が四本。単眼巨人(キュクロプス)から発射されたマイクロ魚雷だ。
 多くの着繰身(シェラフ)の主兵装となっているマイクロ魚雷は潜水艦や駆逐艦に装備されているものよりも二回りほど小型で、炸薬量も四十から五十キロ程度。二本対で用いられるのが一般的だ。戦艦の分厚い船底を抜くほどの威力はないが、小型艇や海洋生物相手なら十分以上の打撃力を期待できる兵器だった。
 もちろん対着繰身(シェラフ)戦においても、それは驚異的な武器だった。
 ソナーによる自動追尾機構(ホーミング)を配備した魚雷を回避することは熟練の操縦手にとっても簡単なことではない。初手の撃ち合いで勝敗が決することも少なくなかった。
 こんごう側は今回、そのマイクロ魚雷を使い切っている。
「施しの時間だよ、鼠小僧(ミッキィ)!」
「だから動画の神様(ウォルト)とは関係ないって!」
 くろしおが抱えていた店舗計算機(レジスター)を盛大に振り回す。鉄箱の一部が開き、そこから中に詰め込まれていた硬貨(コイン)が飛び出し、散らばった。
 硬貨(コイン)たちが煌めき、海中に一瞬の星空をつくり出す。同時にくろしお、しらなみのソナーは乱れ、騒音が搭乗席内でタンゴを踊る。
 だがそのことは、魚雷の自動追尾機構(ホーミング)をも無効化したことを意味していた。
 ハイドロジェットとスクリューが回転を上げる。散開した二機が速度を上げ、射手に肉薄する。
 闇が満ちた視界の中に、単眼巨人(キュクロプス)が姿を現した。
 背後で爆発音が続けざまに四つ。閃光(フラッシュ)が眼前の機体を克明に写し出す。
 くろしおやしらなみよりも硬質で痩身のフォルム。その陰影(シルエット)はあおなぎに似ていたが、もう一段ヒト型に近い形状をしていた。テツローは以前に何かで観た、宇宙服を纏った偉大なる船長(アームストロング)を思い出した。
 頭部には名前の由来でもある大きな丸カメラが一つ、くろしおを睨み付けていた。
 くろしお、しらなみ、そして二機の単眼巨人(キュクロプス)がほぼ同時にAPS(水中アサルトライフル)をスライドさせた。
 二百四十米・毎秒(パー・セコンド)で撃ち出された十八・七五ミリ弾が海水に白線を次々に描く。
「鼠小僧はニンゲンだよ! ネズミじゃない!」
「ミッキィだって市民権を持ってたって言うじゃないか。それに、魔法(マジック)! だって! 使える!」
「自分たちの権利を延長する程度にはね! それと、巨根主義者(アンクルサム)のやり方に、俺たちが全面的に賛成していたわけじゃない、よっと!」
「あたしたちからはそうは見えなかったさ! 十時に一機!」
「わあっ! っと。ちくしょう、速い!」
「はじめっから着繰身(シェラフ)戦を想定してるんだよ、あの機体は!」
「何の意味があるんだよ! その設計思想に!」
「つまりはこういうことさ! 世界が沈んだくらいでヒトは変わらない。そういうことさね!」
 テツローが投げつけた店舗計算機(レジスター)以外に遮蔽物のない海中での銃撃戦。それは四回戦ボクサーの最終ラウンドに似ていた。ガードする腕は上がらず、ただ撃たれ、撃ち返すのみ。くろしおはしらなみの後ろに回り、しらなみはジュラルミンの厚板を突き出して前進する。弾丸が厚板を叩き、何発かが貫通してしらなみの装甲板を撫でる。
 着繰身(シェラフ)の被害で最も気をつけなければならないのが、駆動系へのダメージだ。特に深海であればあるほど、動けなくなることはそれだけで即死に繋がる。下手に回避をして背面の駆動系にダメージを受けるよりは、頑丈な前面装甲で受け止める方が被害が少なくなることも多かった。衝撃を弱められた弾丸ではしらなみの前面装甲を食い破ることはできない。こんごうの潜行者(ダイバー)たちはまた、それぞれが優秀な整備士(メカニック)でもあり、着繰身(シェラフ)の構造を熟知していた。
「……射程内だね。そろそろ来るよ」
「海ん中で電撃か。恐ろしいこと考えるよなぁ」
「いつだって自分たちの技術力が世界一だって信じてるのさ、あの民族主義者たちは! タイミング、間違えるんじゃないよ!」
 単眼巨人(キュクロプス)の一機、左肩に棘(スパイク)つきの盾(シールド)を装備した機が左腕を前方に伸ばす。その腕部には巨大な銛が射出孔に収められ、鈍色の光を放っている。
 左腕から煙(スモーク)が上がる。と同時に、五十センチほどの長大な銛が射出された。張鋼ワイヤーで接続された電撃銛(ショックアンカー)は一直線に飛び、しらなみが構えるジュラルミン板に突き刺さる。
 ジュラルミン板が振動する。銀色であったそれが銛の突き出た中央部から黒灰色に染まってゆく。銛の先端から放射された電撃は板を伝い、しらなみの駆動系に衝撃を叩き込む。はずだった。
 だが銛が放たれると同時に、ドーリンは厚板を捨てていた。そしてジュラルミン板としらなみの機影に隠れて。クロールするペンギンの如く静かに。
 単眼巨人(キュクロプス)二号機ステロペスにくろしおが接近していた。
 テツローが慣れた動作で左手辺りのスイッチを弾く。くろしお自慢の左腕が回転を開始する。
 左手が使えないステロペスは右手のAPS(水中アサルトライフル)で反撃を試みようとした。
 その右手に、握手(シェイクハンド)するように。
 くろしおの穿孔腕(ドリルアーム)が滑り込んだ。
 轟音と閃光。ステロペスの右腕がAPSごと引き千切られ、裁断される。数秒の間にステロペスの右肩より先は無と化した。
 くろしおが左腕を引く。ステロペスは動かない。動けない。
「グッバイ、戦闘狂(ギガンテス)」
 頭部にドリルを叩き込む。単眼の頭部が捻れ、千切れ。
 巨人は、堕ちていった。
 もう一機の巨人、ブロンテスが慌てて左腕をくろしおに向けた。が。
「よそ見してるんじゃないよ、坊や」
 カメラの視界外から近付いていたしらなみが、その頭部にAPSを叩き込んだ。自慢の単眼が、吹き飛んだ。
 目を潰されたブロンテスを背後から抱え込む。その姿勢のまま、APSの銃口で腹部を二度三度と叩いた。
 しばらくして腹部のハッチが開く。潜水服を身につけた潜水夫(ダイバー)が現れ、両手を上げた格好で水上へと泳いでいった。
「一丁上がり、と。姉御、どうする?」
「これだけの戦利品、捨てるわけにはいかないだろ。一人でやれるかい?」
「邪魔が入らなけりゃな。やってみる」
「単眼巨人(キュクロプス)はまだもう一機残っている。気をつけなよ」
「龍の瞳も光っている。何とかなるさ」
 スクリューが回転を高める。小さな泡を吐き出しながら、くろしおが泳ぎ去る。
 その背中を、ドーリンはしらなみのカメラで見守っていた。

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  1. 2007/12/11(火) 22:02:28|
  2. 茶林小一【バブルダイバー】
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バブルダイバー DIVE:03 大返し(タクティカル・ビジネス)

 水平線から立ちこめる暗雲が青の空を染めつつある。潮風は強さを増し、ウミネコの鳴き声は消えて牽引ウインチを回すような音が遠くで、また近くで聞こえるようになった。
 海は時化はじめていた。
 海洋探査艇こんごうは全長約百メートル。どこかの軍隊で使われていた駆逐艦を改修したもので構造は堅牢だが、それでも嵐の海を渡るには不安が残る。艇下に広がる暗黒の海も、それは以前の海ではなかった。
 巨大輸送船(タンカー)であれ、航空母艦であれ。ヒトは結局、座礁と無縁の船を造り上げることは敵わなかった。
 テツローは格納庫(ドック)にいた。
 三機の着繰身(シェラフ)がハングアップされているこんごうの格納庫(ドック)は広い。船体後部の約半分のスペースがすべて格納庫(ドック)兼整備工廠に充てられていた。
 格納庫(ドック)にはテツローの他にドーリン、龍(ロン)、そして三人娘の次女アワがいた。
 時折金属音やモーター音が鳴り響く。テツローはドーリンと軽口を叩きながら。龍(ロン)は黙々と。アワは海藻茶を給仕しながら、時折テツローの手元を覗き込む。いつもの格納庫(ドック)の光景だった。
「様子はどうだい、テツロー」
「くろしおは丈夫だな。あれだけぶつけられたのに、びくともしてない」
「その装甲は替えが利かないからね。大事にしなよ」
「してるさ。レディを扱うように、この通り」
「……あたしやナイはレディじゃないの?」
「危ないぞ、アワ。もうちょっと離れてろ」
 海洋哺乳類型変異種(ダゴン)に擦られた傷は大したものではなかった。くろしおの装甲は高張力鋼にチタン、タングステンを複合させた高級合金で、多少の衝撃や刺突はものともしない。もしも攻撃を受けたのがしらなみやあおなぎであったなら、大きな被害になっていたに違いない。
「バラストやバランサーは?」
「問題ない。右のスクリューがちょっと怪しいのと……あとは発動機だな」
「手伝おうかい?」
「いや、たぶんこっちの方が早い」
 慣れた手つきで部品をバラし、清掃、調整をかけて組み上げる。そのスピードはドーリンや龍(ロン)のそれを凌駕している。長い時間をかけて積み上げられた熟練の腕であるのが、素人のアワにもわかった。
「アワ。天気はどうだ?」
「悪くなってる。時化てくるんじゃないかって艇長が」
「じゃあ、到着も少し遅れそうだな」
 スクリューを手早く片付けたテツローが腰部のカバーを開いた。発動機の調整に取りかかる気だ。ドーリンが大げさに驚いた仕草を見せる。
「間に合うのかい?」
「間に合わせるのが職人の腕ってね」
「早いのは嫌われるよ」
「俺の彼女(マイガール)はそっちの方がお好みなのさ。アワ、こっちはまだダメだ」
 テツローが掌を振ってアワを追い払う。アワは頷いてしらなみの方へと小走りで移動した。後ろでお下げが揺れる。
 こんごうに来たばかりの頃。三姉妹は環境の変化についていけず、茫然自失の状態が続いていた。
 世界への絶望。未来への不安。身近なヒトビトを失った哀しみ。新しい家族(メンバー)たちへの不信感。三名の胸中には、様々な感情が渦巻いていたに違いない。
 真っ先に立ち直ったのが長女のマニだった。新たな環境の中で、自分に何ができるか。それを考えはじめた。
 料理番を引き受け。通信助手を引き受け。そして、船上における一輪の花であることを引き受け。命を長らえた世界に溶け込もうと、努力を続けていた。
 それを見て立ち直る意思を持ったのが、次女のアワだ。自分にいったい何ができるのか。アワは今、それを一所懸命模索している。着繰身(シェラフ)の整備にも興味を持ったようで、近頃は頻繁に格納庫(ドック)に姿を見せた。
 末娘のナイは、未だ陰鬱とした時を過ごしている。ようにテツローには見える。
「何とかしたいとは、思っているんだろうけどな」
「何の話だい?」
「こっちの話」
「海の上であっちもこっちもあるものかね」
「姉御も言ってたじゃないか。男と女の間には高い山があるって」
「ちょっと違うね。深い谷さ」
 繋ぎに窮屈そうに押し込められたそれを、わざわざ寄せて上げてみせる。見なくてもわかる。アワはきっと真っ赤になっている。
 これくらいにしておこうと思い、軽口の矛先を収めた。
 格納庫(ドック)に降りてくる沓音が響いた。噂をすれば何とやら。テツローの胸中だけだが。
「みんな、操縦室(デッキ)に集合」
 伝令に顔を見せたのはナイだった。
「時化が本格的になる前に打ち合わせをしときたいって」
「了解」
「あいよ」
 三者三様に工具を手早く片付け、立ち上がった。

「シュワルツェンの探査攻撃艇だね」
 先生(ドク)は断定した。通信盤の上には、使い方がまったく予想できないようなものを含めた様々な機材が広げられていた。
「絞れた通信帯域から考えて……ま、間違いないでしょ」
「色んな憶測とも符合する解答だな」
 操縦室(デッキ)に一筋の煙が漂う。艇長(ボス)、トーゴーが咥える煙草(シガー)からのものだ。
 農園も失われた今では、煙草は高級品の一つだ。おいそれと喫えるものではない。煙草を嗜好するのであればそれは、前世界とは違った部分で、その意味合いや、価値観や、資格(ルール)が必要となってくる。
 潜行者(チーム)を率いる艇長(ボス)が紫煙を燻らせる。それはその潜行者(チーム)の稼ぎがいい、つまり腕利き揃いであることをも意味している。だから潜行者(チーム)の艇長(ボス)には積極的に煙草を嗜好しようとする者が多いし、それがまた指標(ステータス)ともなるのだ。
 だがテツローらが長、キャプテン=トーゴーに言わせれば、
「世界が変わって色々なモノを我慢したが、これだけは我慢できなかった。それだけのこと」
 なのだそうだ。
 だが艇長(ボス)がその高級嗜好品を口にする資格があることは、潜行者(チーム)の全員が知っていた。
「シュワルツェンか。予想していたとはいえ、厄介な相手だな」
「遠回しに喧嘩を売って来るんだ。相当自信があるんだろうネェ」
「それよりも俺は、ヤツらが何をしているかの方が気になるね」
 シュワルツェンは、テツローたちと同じ潜行者集団(ダイバーチーム)の一つだ。名はそれなりに知られており、こんごうと同じく三機の着繰身(シェラフ)を擁している、というのがテツローの持っている情報だ。
 シュワルツェンには他のチームとは違った特色がある。それは徹底した白色至上主義、というよりも民族社会主義者の集団であるということだ。
 世界が変わり、細分化されていた大地そのものが失われたというのに、彼らは未だ自らの民族以外を認めない。根本のところで、自らの民族以外はどうなってもよいと思っている。そのことが原因での周囲とのトラブルが絶えない。そんな潜行者集団(チーム)であった。
 静かに聞いていたトーゴーが、口を開いた。
「ともかく、だ。ヤツらは損得抜きで動くヤツらじゃない。つまりこいつは」
 盛大に煙を吐き出す。
「俺たちにとっても、儲け話(ビジネス)だってことだ」
 トーゴーの左掌が、中央の机(デスク)を叩いた。
「総員戦闘配置。楽しいお祭り(パーティ)のはじまりだ」

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  1. 2007/11/27(火) 21:50:07|
  2. 茶林小一【バブルダイバー】
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バブルダイバー 1st EPILOGUE

 海面は穏やかだった。
 テツローはくろしおを揚艇させる。エネルギーは尽きる寸前だった。格納庫(ドック)から射出された牽引ワイヤーを接続し、通信盤前のマニにその旨を告げる。ついでに軽口を一つ二つ。きっとたおやかな顔は眉根が寄っているだろう。
 ウインチが巻かれ、海上へと揚がる。サブ動力を切り、排水。今では慣れたルーチンワークだ。
 くろしおをしらなみの隣りに降着させ、ハッチを開けると、全員が出迎えてくれていた。
 先に揚艇していたしらなみの操縦者、ドーリン。女性にしては高い身長と褐色の肌、ブルネットの髪。切れ長の色気溢れる瞳と大きな盛り上がりを形成した女性らしい陰影(シルエット)が印象的だ。
 その隣りにあおなぎの操縦者、龍(ロン)。本人申告では三十五歳。身長はメンバーの中で最も高い。おそらく二メートルに近いだろう。そして、メンバーで最も痩せて見えた。しかしテツローは、その身体には十分以上の筋肉が乗せられていることを知っている。
 龍(ロン)というのは本名ではない。最初に会ったときに、そう呼んでくれと本人が言った。それが通り名なのだという。
 龍(ロン)はいつも長袖の服を着用している。その下には右腕に昇り龍、左腕に降り龍の入れ墨があるからだ。世界がこうなる前も、いわゆるカタギでない仕事に就いていたのは間違いない。銃の扱い一つを見ても、そう推察できた。
 マニ、アワ、ナイの三姉妹は龍(ロン)が連れてきた。髪型と身長は違うが、同じ形と色の民族服を身につけている。この三人はいつも大抵この民族服だ。あまり馴染みはないが、テツロー個人は結構好みだった。
 長髪のマニ、おさげ髪のアワ、ボサボサ頭のナイがテツローを見る視線は微妙に違う。特に最近、なぜだかマニには避けられているような気もする。
 三人娘はまだこの船に来て日が浅い。潜行者(ダイバー)の生活にもまだまだ慣れているとは言い難かった。今のところ、長女のマニを除いては、よくいって無駄飯ぐらい、といった案配だ。
 隣りに医者先生(ドク)も来ていた。これは珍しいことだ。いつもの色眼鏡を架けてにやにや笑っている。格好もいつものTシャツの上に一張羅の白衣。テツローとそう変わらない歳のはずなのに老成した表情と物腰をしている。どこから見ても怪しいことこの上ない。
 本名は何だったか。一度聞いたことがあったが、それはまったく聞き覚えのない言語で、その上長ったらしかったため忘れてしまった。このお医者先生は通信機器の専門家(ドク)でもあったので、いつの間にかみんな『ドク』の呼び名で統一されてしまった。
 そして皆より一歩前に。テツローと同民族であることを示す肌の色をした艇長、ミスター=トーゴーが、これまた苦み走った笑顔で迎えてくれた。
 ドーリン、龍(ロン)、マニ、アワ、ナイ、医者先生(ドク)、トーゴー。そして、テツロー。
 これが三機の着繰身(シェラフ)を擁する海洋探査艇『こんごう』の全スタッフだった。
「よう、テツロー。災難だったな」
「どうなってんだ、艇長(ボス)。情報では農場だったはずが、商業施設になっているし。それにあそこは……間違いなく邪神の棲家(ル=リエー)だった」
「そのようだな」
 トーゴーの顔から笑みが消える。
「情報はお前も知っている、李(リー)のところから買った。出所は確かだし、李(リー)には今のところ俺たちを裏切って得をする要素はない。そこで、クイズだ」
 白人のような大きなジェスチャーで、全員に問いかけるようにトーゴーは言った。
「いったいどうしてこんなことになったのか?」
「李(リー)に嘘の情報を流したヤツらがいる。そいつらは何らかの理由で、俺たちをここに足止めしたかった。あわよくば壊滅的な打撃を受けて、当分活動できないように。それが狙いだ」
「グッド。今日も冴えてるな、テツロー」
「白ブタ(ホワイト)どもの考えそうなことだ」
「こんな世の中だ。人種差別はよくないな、テツロー」
「みんなが仲良くすれば、それでハッピーかい?」
「どこかの児童基金はそんなことを言っていたな」
 テツローはドーリンの隣りに並んだ。全員の中央にトーゴーが移動する。
「ドクに周辺の通信を調べて貰った。ここから二十キロ。俺たちの縄張りだな。その場所でどこかの誰かさんが活動している形跡があるらしい」
 トーゴーが再び人の悪い笑みを浮かべた。
「どうする?」
 答えは決まっていた。
 ドーリンが拳と掌を打ち合わせる。龍(ロン)は無言であおなぎへと歩み出した。ドクも三人娘の肩を抱いて、操縦室(デッキ)へ向かう。
 テツローはトーゴーと目を合わせ、こちらも笑みを浮かべた。
「こんな時代だからこそ」
「仁義(ルール)は大切だ」

 地表が海の底に沈んだ世界。多くの生命は厄災と共に霧散し、ヒトも例外ではなかった。
 しかしそれでもヒトは滅びなかった。その数を大きく減らしたものの、絶望に包まれたその世界でも、生を享受する一部が存在していた。
 彼らのさらに一部は僅かに残された陸上にしがみつき、残りは海の上で生きることを選んだ。彼らの生き方は大きな変貌を余儀なくされた。
 だがそんな中でも。そんな世界でも。
 ヒト同士は意思の疎通を欠き、争いを忘れず、互いに小さな集合をつくり、それらは泡のようにくっつきあったり、衝突しあったりして、あちらへ、こちらへと彷徨っていた。
 それはこんごうの搭乗員(クルー)と、その周辺とて例外ではない。
 彼らは、バブルダイバー。
 泡の世界を生きる者たちだ。


 - BUBBLE DIVER 1st EPILOGUE -

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  1. 2007/11/13(火) 19:41:43|
  2. 茶林小一【バブルダイバー】
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バブルダイバー DIVE:02 海龍の息吹(ドラゴンブレス)

「クジラに鱗や牙はなかったはずだよな、姉御」
「女だって生きるためなら男のを咥えたり、尻を使ったりする。全部一緒さ」
「そう責めないでくれ。男の一人として、胸が痛い」
「責めているわけじゃない。それが現実(リアル)だって話さね」
「真夏の夜の夢であって欲しいね」
「パックはまだオーヴェロンのベッドの中だとさ」
 軽口を交わす二人の着繰身(シェラフ)がゆっくりと上昇してゆく。口調は軽薄だが、二人とも操縦席の中では冷たい汗を掻いていた。
 水温は推定十二度。操縦席内は二十五度程度まで上昇しているだろうが、発汗を促すほどではない。
 原因は彼らの足下にあった。
 闇の底でさらに黒い影が動く。その体長は着繰身(シェラフ)よりも遙かに大きい。大型の魚か海洋哺乳類にも見えなくないが、それとしてもその影は大きすぎたし、アイライトから得られる僅かな情報がその想定を否定していた。
 海水に流入した有害物質に遺伝子を傷つけられ、汚染した海で生きていくためにその生態を大きく変化させた生命体。それらの一部は獰猛で、凶暴で、己が生きていく環境を破壊することも厭わない。
 巨大な顎を極限まで開き、着繰身(シェラフ)を噛み砕こうと肉薄してくるそれを、彼らは海洋哺乳類型変異種(ダゴン)と呼んだ。
「姉御! マイクロ魚雷は!」
「前回使っただろ! アレで打ち止めだよ!」
「この歳じゃ振り袖は着られません、ってか」
「よくわからないけど何か悪口言ったね。あとで覚えてな!」
 ドーリンが右上に避けられていた照準器(ガンサイト)を引っ張る。しらなみの背嚢(バックパック)の左右に備えられていたAPS(水中アサルトライフル)が脇の下を通り、前方にスライドする。くろしおのテツローも同じように照準器(ガンサイト)を引っぱり出した。
「海の底に帰りな!」
 肉薄する海洋哺乳類型変異種(ダゴン)にしらなみが二挺のAPSを斉射する。秒速二百四十メートルで射出される十八・七五ミリ弾は決して小さくはない。が、相手は大きすぎた。
「ちくしょう! まったく効いていやがらねえ!」
「鱗は通ってる! 撃ち続けるんだ!」
 くろしおも邪神の頭部に向けて引き金を絞る。くろしおの左腕はドリルになっているので、銃は一挺だけだ。
 テツローの射撃技術はドーリンほどよろしくない。いつもムダ弾を使ってドーリンに怒られる。流石に今回は的が大きいので、外すことはなかったが。
「うおっ!」
 くろしおの弾幕をものともせず、海洋哺乳類型変異種(ダゴン)が突っ込んできた。ハイドロジェットを開いてすれすれで回避する。怪物(モンスター)の顎が閉じられる金属的な響きが聞こえた、ような気がした。
「アブねえアブねえ。こんな危険な生き物を何で野放しにしてたんだ緑の平和主義者どもは!」
「その頃はこんなに凶暴じゃなかったんだろうさ! もう一度来るよ!」
 くろしおの隣で海洋哺乳類型変異種(ダゴン)が旋回する。尾鰭に巻き込まれないよう、くろしおは距離を取った。
 アイライトに照らされた鱗は鋭く尖っている。その表皮で擦られただけで、容易に鉄屑(スクラップ)にされてしまいそうだ。
 くろしおとしらなみのスクリューの回転が上がる。五十メートル。四十九メートル。半ばは越えたが海面はまだ遠い。
 二機を檄流が叩いた。地獄(アビス)の底から。邪神がその鎌首をもたげて。
「来たよ!」
 閃光(マズルフラッシュ)が炸裂し、弾幕が海洋哺乳類型変異種(ダゴン)の突撃を遮る。だが、その速度は弱まらない。
 水圧を気にしている場合ではない。ジェットとスクリューを全開にし、急速上昇をはじめた。しらなみの方がやや速い。
「……俺たちは、緑の平和主義者ほどやさしくないぜ!」
 照準器(ガンサイト)を戻し、左手のスイッチを弾いた。
 発動機から左腕に動力が送り込まれる。くろしおの周囲で水が渦をつくった。
 海洋哺乳類型変異種(ダゴン)の牙がくろしおに迫る。テツローは左腰のジェットの出力を上げ、半身にして回避する。
 牙と鱗が胸元を削り、機体が水流に洗われる。通り過ぎようとする邪神の退化した瞳がくろしおを睨む。
 その瞳に、左腕を叩き込んだ。
 一瞬の感触。檄流に弾かれ、機体が回転する。しかし、確かな手応えが操縦席には伝わっていた。
 声を上げられるなら、上げていただろう。くろしおの一撃は、深手ではないが確かに傷を負わせていた。
「テツロー、無事かい!」
 雑音に混じってドーリンの声が響く。流石に答える余裕はなかった。
 回転する機体を必死で制御する。スクリューの調整。ジェットの調整。バラストの解除。スイッチを弾き、レバーを動かす。機体が自分の思い通りに動かない。海洋哺乳類型変異種(ダゴン)の巨体が引き起こす衝撃は、なまじのものではなかった。
「テツロー! 早く体勢を立て直すんだ! ヤツが……」
 言われなくてもわかっていた。片目を潰されたヤツは、怒り狂っている。その程度の傷で、獲物を諦めるはずがなかった。
 モニターは泡に包まれている。その泡の奥で、アイライトを受けて輝くのは。
「……化け物め」
 見るものによってはそれだけで狂気を引き起こす。歪な生態系の集合がそこにあった。
 操縦席の振動が弱くなる。左腕のドリルとジェットの全力噴射は多量の電力を消費する。発動機の変換が追いつかず、燃料切れが近かった。
 ドリルをオフにし、残りのエネルギーを機体の上昇に注ぐ。最早回避は不可能だった。
 深度計に目をやる。三十一。三十。そして、二十九。
「テツロー!」
「オーケー。もう大丈夫だ姉御。この深度なら、もう」
 海龍の息吹(ドラゴンブレス)の、射程内だ。

 水流を切り裂いて一本の火線が走った。火線はそのまま鱗に覆われた巨体を貫き、突き抜ける。
 化けクジラの咆吼が、機体の振動を通して伝わってくる。
 一本、二本と、さらに火線が帯をつくる。水面直下から射出された二十五ミリ弾が秒速二百八十メートルの衝撃を叩きつける。上顎。下顎。そして残っていたもう一つの瞳。遙か上方に陣取る射撃手は、確実に怪物の手薄な部位を撃ち抜いていた。
 海洋哺乳類型変異種(ダゴン)の身体から流れ出た血が海中に帯を引く。その動きは明らかに緩慢に、そして力弱いものになっていた。
 それでも火線は容赦することなくその巨体を撃ち抜き続ける。五発。六発。それらはすべて、邪神の急所を過たず撃ち抜いているはずだった。
 海面に近付き、水の闇が薄くなる。テツローはカメラを上に向けた。探査艇の底に貼り付くように。しらなみとはまた違う、もう一機の着繰身(シェラフ)が見えた。
 しらなみよりもさらに一回り痩身のフォルム。だがその両腕から前面下方に向けられた長い長い銃身と、その頭部に備えられた長大なスコープが、その存在の特異さを表現していた。
 対海洋生物戦用着繰身(シェラフ)。その名をあおなぎ。その両腕に抱えられている狙撃銃(スナイパーライフル)は、あおなぎの搭乗者とテツローが協力して組み上げたものだ。
 長距離から音速を超える速力で撃ち出された弾丸は、暗黒海に適応し、常闇に棲まう邪神たちをも打ち倒す力を持つ。そしてそれは、搭乗者の能力を持ってして為し得る神業だった。
 だから。その銃と弾丸と神業を、搭乗者の名にちなんでテツローたちはこう呼んだ。
 海龍の息吹(ドラゴンブレス)、と。
 海洋哺乳類型変異種(ダゴン)が暗黒へと堕ちてゆく。それはまるで日の光に貫かれたのようで。
 巨体から幾条もの血の帯がたなびく。そして、今までどこに眠っていたのか。魚類型変異種(ディープワンズ)たちが群がり、血の匂いを追うようにして、闇の中へと消えていった。
「……邪神の僕が、邪神を喰う、か」
「ヤツらに上下なんてないさ。あるのは、生きるための本能だけだ」
 操縦席が光に満たされる。浮上が近かった。
 テツローはアイライトのスイッチを捻り、オフにした。

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  1. 2007/11/07(水) 03:44:13|
  2. 茶林小一【バブルダイバー】
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 バカSFからバカSMまでをモットーに、火星人や大和撫子などの絶滅危惧種を保護するため世界緑化運動を推進しています。応援よろしくお願いします。

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