緑乃帝國 緑のオンライン文芸誌

世界の緑化を推進するウェブログ形態のオンライン文芸誌

バブルダイバー 目次

【バブルダイバー 目次】

■ 1st SALVAGE
 序章
 01:ダゴン襲来(ダゴン・アタックス)
 02:海龍の息吹(ドラゴンブレス)
 1st EPILOGUE

■ 2nd SALVAGE
 03:大海衝(タクティカル・ビジネス)
 04:単眼巨人(キュクロプス)
 05:想像してご覧(イマジン)
 2nd EPILOGUE


 XXXX年。極地点より撃ち上げられた超巨大移民船団は、テロ組織の暗躍により、爆破四散。世界は海に沈んだ。
 残ったヒトは生きるため、新たなる道を模索。着繰身(シェラフ)と呼ばれる潜行艇を身につけ深海へ潜る。
 沈みゆく世界を舞台に描く、ロボットもの海洋SF冒険譚です。
  1. 1999/11/30(火) 00:00:00|
  2. 茶林小一【バブルダイバー】
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バブルダイバー 序章

 水平線を境に世界が蒼と碧に分断されている。境界線付近には僅かに灰色の雲が堆積しているが、まずまずの快晴といってよかった。甲板に吹き付ける湿り気の少ない風も肌に快い。
 海は空の色を映して青く見えるという。だが今では、どこを見ても一面の深緑色だ。この世で一番大きな鏡は、長年手入れもされないせいで曇ってしまった。表面を指で掬ったなら、埃(ヘドロ)が山一つも取れるだろう。
 波音を掻き消していたエンジン音が小さくなる。
 舳先近くに青年が立っていた。黒色の、身体に貼り付くような潜水服(ドライスーツ)を着込んでいる。全体的に痩身だが、肩や二の腕、太股には筋肉が盛り上がりを形成しているのが見て取れる。黒い相貌の上、額に乗せられている銀縁(シルバーフレーム)の眼鏡が格好にはそぐわないが、それなりの海の男の姿に見えた。
「テツロー。もうすぐ到着だって艦長が」
 後ろから声をかけられ、振り向く。浅黒く焼けた顔の上に乗った黒の短髪を掻きながら声の方へと歩いていった。
 操縦室(デッキ)から出てきた三人娘の末っ子ナイが小走りで近付いてくる。白い肌に大きな瞳。立襟前合わせの、身体の線に貼り付くような衣装。裾は長いが腰骨にかかるくらいの深いスリットが側面に開けられている。下衣には上衣とは逆に直線的な裁断のパンツルック。何でも祖国の民族衣装で、彼女たちの母親と祖母が、手縫いで一つ一つ仕立ててくれたのだそうだ。だがその母と祖母も、今はもういない。
 小脇にはこれもまた民族衣装だという日除けのすげ笠を抱えている。
 テツローの近くに寄ると、まだ十五歳のナイは頭一つぶん以上の身長差がある。見下ろすテツローには手入れのされていない、テツローのものよりも一段黒いナイの頭髪が気になった。
「ナイ。いい女が台無しだ」
 そう言ってナイの短い髪の毛をかき回す。ナイは抵抗もせず、ふてくされたように視線を落とした。
「別にいいもん。見てくれる人なんて、誰もいないもん」
 テツローは不意に顔を近づけた。
「……俺じゃ不満か?」
 一瞬で真っ赤になる。荒くれ者たちの際どいジョークには、まだまだ慣れないらしい。
 大笑いして肩を叩き、すれ違う背中へと「テツローのバカーっ!」という罵声が飛ぶ。テツローは片手だけを上げて返事をし、格納庫へと降りていった。

「姉御、調子はどうだ」
「生理の終わった翌日くらいハッピーだよ。カミさんはどうしてヒトを不完全につくりたもうたかね」
「オヤジの方がカミさんより下だからさ。寝室でもね」
「どういう意味だい?」
「俺の祖国でしか通じないジョークだ。忘れてくれ」
 格納庫へ降りるとドーリンが先に来ていた。テツローと同じくすでに潜水服(ドライスーツ)を着込んでいた。日に焼けたものではない生来のものの褐色の肌とブルネットの髪。豊満な胸部はスーツを大きく押し上げている。ちょっときつめの切れ長の目は惹きつけられる魅力がある。白の護謨衣(ボンデージ)を纏った全身は蠱惑的な曲線を描き、見慣れるまではテツローもつい目でその姿を追ってしまっていたほどだ。当年とって二十九歳。口さえ閉じていればムダに美人だ。
 薄暗い格納庫にはもう一人先客がいた。ナイと同じ格好の、三人娘の次女アワが、年代物の大きな眼鏡を直し直し機動準備(ハンガーアップ)された機体を見上げている。顔を動かす度に後ろ髪のおさげが揺れた。
「お気に入りの品は見つかりましたか? マドモアゼル」
 声をかけたが機体から目を離さない。見つかったらしい。
「これ……。何だかペンギンみたい」
「いい勘だ、嬢ちゃん。このフォルムはな、ペンギンをモデルに造型されているんだ」
「艇長の真似? 似合わない」
「もう十年もすれば似合うようになるさ」
 アワと一緒に見上げる。視線の先には三機の大きなヒト型ロボット、確かに見ようによってはペンギンにも見えるそれが並んでいた。
 高軌道型汎用潜行艇。一般にはそう呼ばれている。だがテツローたちの間では着繰身(シェラフ)と呼ばれることが常だった。失われた世界の、遺された遺産。その集大成であり、残された世界に生きる者たちの最後の希望だった。
「ほらそこ。浸ってないで準備しな」
 ドーリンから叱責が飛ぶ。それを機にアワはようやく機体から目を離し、テツローは己の機体へと歩を進めた。
 黒。白。青。着繰身(シェラフ)は三色に色分けされている。白色の機体にはすでにドーリンが乗り込んでいた。伏臥させてある黒色のハッチを開き、操縦室に乗り込む。顔を出さないが、青色の機も準備は万端のようだ。
「三人とも、無事で帰ってきてね」
 アワが心配そうにこちらを見ている。ドーリンは無言で親指を立て、ハッチを閉めた。
「無事で帰るさ。艦長の物真似が似合うようになるまでは生きたいからな」
 テツローもハッチを閉じた。エンジンキーを捻ると同時に重低音に包まれる。こいつは確かにハッピーだ。テツローは思わず口笛を吹いた。
 操縦室に三人娘の長女、マニの澄んだ声が響く。
「宜しいですか皆さん。十カウント後にドック開きます。美味しいお料理用意して待ってますから。カウント開始します。十、九、八……」
 ゼロと同時にドックが開き、注水が開始される。それを待って、まずは黒塗りの機体が飛び出した。
「一番機くろしお、先行するぜ。姉御、龍さんバックアップよろしく!」
「ここんとこバックばかりでマンネリだけどね。二番機しらなみ、続いて出るよ!」
 深緑色の海に、金属製のペンギンたちが潜っていった。

 XXXX年。極地点より撃ち上げられた超巨大移民船団は、疲弊した母星を守り、その再生を掲げていたテロ組織『母星教団』の暗躍により、宇宙圏に出る前の段階で爆破四散した。
 その大規模な爆発は核に匹敵する衝撃波と熱量を極地点に振り撒き、以前より緩やかなる溶解が懸念されていた極地点及びその周辺海域の永久凍土を一瞬にして気体に変えた。
 全星規模の”カミの津波”が地表を完全に洗い流した後、空気中に蓄えられた水分は長期的な、しかも今までに例を見ない豪雨となって平らになった地表に降り注ぎ、そして水没させた。
 かくして大地に表層の三割を許していた母星は、その慈悲を失い、ただその涙のみを宇宙へ晒すことになった。
 ヒトはそのジン口の九割を失い、また多くの頭脳と技術をも失った。それでも生き残ったヒトビトは、僅かに残された山頂の土地や、ジン工島の土地を巡って争いを続けた。
 その中から、争いに負けた者、乏しい陸地での生活に見切りをつけた者、新しい可能性を求める者たちが、大地に背を向け、海の上で生きることを選択した。
 陸地がないということはまた、資源が手に入らないということでもある。
 それまで彼らが享受していた資源は、すべて海の中にあった。となれば、多くの者が同じ考えを巡らせる。
 ならば、海の中へ資源を採りにゆけばよい。
 幸いにして、幾らかの技術や資材は地上に遺されていた。幸いにして、それらを必要とするヒトの絶対数は大きく減少していた。そしてもう一つ、幸いにして。
 生き残ったヒトの中にはまだ、冒険心を失わない者たちがいた。
 潜行服や着繰身(シェラフ)一枚を纏って、深海へ潜り、資源を集める。または水没した施設から機材や技術を文字通り拾い上げる。それを生業とするヒトの集団が、今や世界の九割を占める海へと散っていった。
 深海へ潜るとき、その水圧と酸素供給による問題で、潜行者の視界は一時白く、または黒く塗り潰されるのだという。そしてそれは一瞬で起こるのではなく、まるで視界が泡立つように、少しずつ、少しずつ塗り潰されるのだという。
 そのような話と、そういった潜行者たちの寿命が短く、特に一年以内に命を落とす者が半数を超えることから。陸に棲む者たち、そして時には彼ら自身が自嘲を込めて、こう呼ぶのだ。
 − 泡の中を潜る者(バブルダイバー)、と。

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  1. 2007/10/23(火) 15:51:17|
  2. 茶林小一【バブルダイバー】
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バブルダイバー DIVE:01 ダゴン襲来(ダゴン・アタックス)

 不純物を多く交えた海水の見通しはすこぶる悪い。深緑色の海は水深二十メートルにしてすでに黒以外の色彩を奪い、着繰身(シェラフ)のアイライトだけを頼りに潜行することになる。
 闇に完全に溶け込んだ一番機くろしおは、メインカメラとアイライトをせわしなく動かし、用心深く潜っていく。
 テツローの搭乗するくろしおの全高は約八・五メートル。ヒトの約五倍の大きさに当たる。ずんぐりとした円筒形の胴体に、短い手足がついている。頭部は円盤形で、大きなメインカメラとアイライトが特徴的だ。水中での動作を考慮して、フォルムには徹底して曲線が用いられている。
 装甲板はチタンと高張力鋼、そしてタングステンの複合合金。二層の気密機構を備えている。潜ったことはないが、理論的には水深一千メートルまでの潜行が可能だとされている。着繰身(シェラフ)の中ではかなりの高級品といえるだろう。
 ただしこれほど贅沢につくられているのはくろしおだけで、後に続くしらなみは通常の高張力鋼を用いている。
 その用途から、着繰身(シェラフ)の両腕は作業用のマニュピレータになっているのが常だが、くろしおの左腕は掘削用のドリルアームに換装されている。半年ほど前潜行中に左腕部を破損したが、以後新しいマニュピレータや修理用の資材をテツローたちは発見できていなかった。そこで仕方なくドリルに換装したのであるが、これがなかなか使い勝手がよい。背嚢(バックパック)に収納する道具(ツール)が一つ減らせるし、しらなみとのツーマンセルで動く限りは、片腕でもそれほどの不便はなかったのだ。
 以来、くろしおの左腕はドリルのままだ。
「姉御。しらなみのカメラに何か映ってる?」
「アンタの背中以外は、そちらと一緒さ」
 しらなみは全高約八メートル。くろしおに比べるとやや小柄で痩身だが、そのぶん小回りは利く。メインカメラには三板式の大型が採用されている。腹部には簡易修理キットを装備しており、先行するくろしおのサポートを主目的として設計されている機体だ。
 二機はさらに深く潜行する。ハイドロジェットとスクリューを駆使し、姿勢を制御したまま降りていく様は、操縦士たちの熟練を示すものだ。注水ポンプがイオンバッテリーに送水するモーター音が機内に響く。水はバッテリー内で分解され、水素を腰部の発動機(ジェネレータ)に、半分の量の酸素を操縦席に供給する。
 水深百七十メートル。十五億立方キロの海水が装甲板をノックしはじめる。
「イスト・ヒロシマ!」
「……何だい、それ」
「ビンゴ! ってことさ」
「アンタ、たまにわからないこと言うね」
「秘密を着飾って魅力的になるの(ウーマン・ウーマン)は女性だけの特権じゃないってね」
「鏡なら辺り一面にあるよ」
「磨かなきゃ使えないのが残念だ」
「女の特権だってそうさ」
 くろしおのカメラが、暗闇の中に僅かな輪郭を捉えはじめた。失われた世界の遺産。その残滓。
「こいつは……商業施設っぽいなぁ。トーゴーの話じゃ、農場のはずだが」
「情報が古かったんじゃないかい? 農地が商業施設に作り替えられるってことは、結構頻繁にあっただろう」
「それは聞いたことがある」
 手近な建造物と思わしきものに降着する。それは明らかに二階層以上のビルディングの形をしており、平面的な建造物の多い農場の雰囲気はない。運営していた企業のものと思しき看板が、最上部付近に見られた。
「とりあえず回ってみるか」
 目当てのものが見つかればよし。そうでなければ、何か役立ちそうなものを発見して持ち帰る。それが潜行者(ダイバー)の日々の糧だ。
 アスファルトの海底を二足で歩む。潜水艇では真似できないことだ。資源の引き上げ(サルベージ)は、着繰身(シェラフ)があってこそ効率的に行える。着繰身(シェラフ)がなければ、新世界の復興はもう五年は遅れているだろう。
 ソナーが後方で金属音を探知する。おそらくしらなみが降着したのだろう。ちょっと離れすぎかと思い、テツローは速度を落とした。
「……おやおや」
 ドーリンも予想と大きく食い違っていたようだ。
「テツロー。どこだい」
「十二メートル前方。少し先行しすぎたかな。待つよ」
「男を待たせるのは好きじゃないんだ。入れそうかい」
「今入り口を探している。……あった」
 その昔出入り口であったろうと思われるガラス扉が発見できた。着繰身(シェラフ)の大きさではもちろん入れないが、幸いにも入り口側一階は全面ガラス張りの構造になっていた。
 操縦席左側のスイッチを軽く弾く。モーター音が轟き、左腕のドリルが回転をはじめた。
「優しくしてやりたいところだが、勘弁な。なに、痛いのは最初だけさ……」
「……アンタもそういう冗談(ジョーク)が好きになったね」
「姉御のせいだぜ。責任取ってくれ」
「十年経ってトーゴーの物真似が似合うようになったらね」
 ドリルをガラスに叩きつける。装甲板と同じく、チタンとタングステンで練鍛された掘削用ドリルは硬質ガラスを易々と貫き、大穴を穿った。
 ドリルを左右に動かし、穴を広げてゆく。外側ではさぞ大きな破壊音が響き渡っていることだろう。
「出入り口確保。侵入するぜ」
 ガラス扉の横手に開けた穴から、くろしおは施設内に潜り込んだ。
 予想どおりというか何というか。内部はやはり多数の購買層を想定したマーケットの様相を呈している。顔には出さないが、心の内の落胆は大きい。この手の商業施設の探索は実入りが少ないことが、過去の経験からテツローにはわかっていた。
 入り口側のカウンターが並んだ場所へ、くろしおを移動させる。バックパックの最上部を開くと、その中へおもむろに、カウンター上の金属ボックスを放り込んだ。レジスターと呼ばれる店舗用の計算機だ。内部にはコンピュータ部品が詰まっているし、外箱は大抵鉄かアルミ製だから部材として再利用できる。そして中に詰まっている旧世界の貨幣も、時には役立つこともあった。
 カウンターを移動し、それぞれに一つずつ据えられているレジスターを次々と放り込む。全部で八台あり、これはなかなかの収穫といえた。
 次に陳列棚へ移り、しばらく吟味をする。缶詰の棚の前で立ち止まり、しばらく考えたあと、再び左腕のドリルを発動したテツローは、缶詰棚左右の棚を破砕した。
「この大きさと重量だと、一棚が限界だな」
 切り離され、独立した缶詰棚を持ち上げ中身をバックパックへ流し込む。その後スチール製と思われる棚自身も無理矢理バックパックへ詰め込んだ。
「ま、こんなもんだろ」
 バックパックを密閉し、排水する。スクリューを軽く回転させ、出入り口へと機を運ぶ。
 近付くにつれ、通信機から雑音が漏れ出してくる。俺は少し速度を上げ、出入り口を潜った。
 やや鮮明になったドーリンの声が飛び出す。
「……こえるかい、テツロー。返事しな!」
「こちらテツロー。感度良好。どうした姉御」
「ソナーに反応。どうやら先客がいるようだよ。物資は?」
「とりあえず目についたものを掻き集めてきた。……それ、持っていくのかい?」
「手ぶらで帰るわけにゃいかないだろ」
 しらなみは、商業施設のガラス扉を左小脇に抱えていた。くろしおが内部を物色している間に取り外したらしい。
「方角は」
「九時。ちょうどあの建造物の向こう側……うおっと!」
 地が震えた。その地響きは、何か大きなものが地の上を滑り、蠢くような。
「こいつはでかいぞ……」
「テツロー、撤収するよ!」
 ハイドロジェットを最大出力に上げ、しらなみが上昇する。くろしおも後に続いた。
 百七十、百六十九……。二機の着繰身(シェラフ)が海底を離れる。その底を埋めるように、黒い物体が、ぬるりと。
 姿形(フォルム)は、魚のように見えた。だがしかし。
 着繰身(シェラフ)の全長はヒトの約五倍。海の底をたゆたう物体は、その着繰身(シェラフ)の全長を凌駕していた。
 アイライトの光を受けて輝く鱗。そして上に向けて開いた口腔には。
 鋭い牙が覗いていた。
「……魚類型変異種(ディープワンズ)か?」
「いや、こいつは……。海洋哺乳類型変異種(ダゴン)だ」

 すべてが海に沈んだ世界。沈んだものたちは海にとって決して有益なものばかりではなかった。いや、表現に正確を期すならば、それらの半分。いや、七割以上が、星と、海と、そしてそこに棲まいし生物たちにとって大いに有害なものだった。
 失われたヒトの数。それの百倍、千倍、万倍の海洋生物が永久に姿を消した。
 生き残った少数の者たちも、無事ではなかった。汚染された世界で生きていくために、残されたモノたちは変貌を余儀なくされた。生き方を変えねばならなかったのは、ヒトだけではなかったのだ。
 中には、獰猛で、凶暴で、それはまるで、この新たな世界を否定し、世界そのものを噛み千切り、摺り潰してしまうような。
 そんな生物に変化したモノもいた。
 泡の底へと潜る潜行者(ダイバー)たち。だが泡の底には、地上にいては知り得ない暗黒が広がっている。邪神が蔓延る地獄(アビス)が広がっている。
 そんな地獄の泡の底へ、命を賭して潜る者たち。その者たちを総称して、ヒトは呼ぶのだ。
 - (泡の底へ潜る者)バブルダイバー、と。

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  1. 2007/10/30(火) 21:36:31|
  2. 茶林小一【バブルダイバー】
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バブルダイバー DIVE:02 海龍の息吹(ドラゴンブレス)

「クジラに鱗や牙はなかったはずだよな、姉御」
「女だって生きるためなら男のを咥えたり、尻を使ったりする。全部一緒さ」
「そう責めないでくれ。男の一人として、胸が痛い」
「責めているわけじゃない。それが現実(リアル)だって話さね」
「真夏の夜の夢であって欲しいね」
「パックはまだオーヴェロンのベッドの中だとさ」
 軽口を交わす二人の着繰身(シェラフ)がゆっくりと上昇してゆく。口調は軽薄だが、二人とも操縦席の中では冷たい汗を掻いていた。
 水温は推定十二度。操縦席内は二十五度程度まで上昇しているだろうが、発汗を促すほどではない。
 原因は彼らの足下にあった。
 闇の底でさらに黒い影が動く。その体長は着繰身(シェラフ)よりも遙かに大きい。大型の魚か海洋哺乳類にも見えなくないが、それとしてもその影は大きすぎたし、アイライトから得られる僅かな情報がその想定を否定していた。
 海水に流入した有害物質に遺伝子を傷つけられ、汚染した海で生きていくためにその生態を大きく変化させた生命体。それらの一部は獰猛で、凶暴で、己が生きていく環境を破壊することも厭わない。
 巨大な顎を極限まで開き、着繰身(シェラフ)を噛み砕こうと肉薄してくるそれを、彼らは海洋哺乳類型変異種(ダゴン)と呼んだ。
「姉御! マイクロ魚雷は!」
「前回使っただろ! アレで打ち止めだよ!」
「この歳じゃ振り袖は着られません、ってか」
「よくわからないけど何か悪口言ったね。あとで覚えてな!」
 ドーリンが右上に避けられていた照準器(ガンサイト)を引っ張る。しらなみの背嚢(バックパック)の左右に備えられていたAPS(水中アサルトライフル)が脇の下を通り、前方にスライドする。くろしおのテツローも同じように照準器(ガンサイト)を引っぱり出した。
「海の底に帰りな!」
 肉薄する海洋哺乳類型変異種(ダゴン)にしらなみが二挺のAPSを斉射する。秒速二百四十メートルで射出される十八・七五ミリ弾は決して小さくはない。が、相手は大きすぎた。
「ちくしょう! まったく効いていやがらねえ!」
「鱗は通ってる! 撃ち続けるんだ!」
 くろしおも邪神の頭部に向けて引き金を絞る。くろしおの左腕はドリルになっているので、銃は一挺だけだ。
 テツローの射撃技術はドーリンほどよろしくない。いつもムダ弾を使ってドーリンに怒られる。流石に今回は的が大きいので、外すことはなかったが。
「うおっ!」
 くろしおの弾幕をものともせず、海洋哺乳類型変異種(ダゴン)が突っ込んできた。ハイドロジェットを開いてすれすれで回避する。怪物(モンスター)の顎が閉じられる金属的な響きが聞こえた、ような気がした。
「アブねえアブねえ。こんな危険な生き物を何で野放しにしてたんだ緑の平和主義者どもは!」
「その頃はこんなに凶暴じゃなかったんだろうさ! もう一度来るよ!」
 くろしおの隣で海洋哺乳類型変異種(ダゴン)が旋回する。尾鰭に巻き込まれないよう、くろしおは距離を取った。
 アイライトに照らされた鱗は鋭く尖っている。その表皮で擦られただけで、容易に鉄屑(スクラップ)にされてしまいそうだ。
 くろしおとしらなみのスクリューの回転が上がる。五十メートル。四十九メートル。半ばは越えたが海面はまだ遠い。
 二機を檄流が叩いた。地獄(アビス)の底から。邪神がその鎌首をもたげて。
「来たよ!」
 閃光(マズルフラッシュ)が炸裂し、弾幕が海洋哺乳類型変異種(ダゴン)の突撃を遮る。だが、その速度は弱まらない。
 水圧を気にしている場合ではない。ジェットとスクリューを全開にし、急速上昇をはじめた。しらなみの方がやや速い。
「……俺たちは、緑の平和主義者ほどやさしくないぜ!」
 照準器(ガンサイト)を戻し、左手のスイッチを弾いた。
 発動機から左腕に動力が送り込まれる。くろしおの周囲で水が渦をつくった。
 海洋哺乳類型変異種(ダゴン)の牙がくろしおに迫る。テツローは左腰のジェットの出力を上げ、半身にして回避する。
 牙と鱗が胸元を削り、機体が水流に洗われる。通り過ぎようとする邪神の退化した瞳がくろしおを睨む。
 その瞳に、左腕を叩き込んだ。
 一瞬の感触。檄流に弾かれ、機体が回転する。しかし、確かな手応えが操縦席には伝わっていた。
 声を上げられるなら、上げていただろう。くろしおの一撃は、深手ではないが確かに傷を負わせていた。
「テツロー、無事かい!」
 雑音に混じってドーリンの声が響く。流石に答える余裕はなかった。
 回転する機体を必死で制御する。スクリューの調整。ジェットの調整。バラストの解除。スイッチを弾き、レバーを動かす。機体が自分の思い通りに動かない。海洋哺乳類型変異種(ダゴン)の巨体が引き起こす衝撃は、なまじのものではなかった。
「テツロー! 早く体勢を立て直すんだ! ヤツが……」
 言われなくてもわかっていた。片目を潰されたヤツは、怒り狂っている。その程度の傷で、獲物を諦めるはずがなかった。
 モニターは泡に包まれている。その泡の奥で、アイライトを受けて輝くのは。
「……化け物め」
 見るものによってはそれだけで狂気を引き起こす。歪な生態系の集合がそこにあった。
 操縦席の振動が弱くなる。左腕のドリルとジェットの全力噴射は多量の電力を消費する。発動機の変換が追いつかず、燃料切れが近かった。
 ドリルをオフにし、残りのエネルギーを機体の上昇に注ぐ。最早回避は不可能だった。
 深度計に目をやる。三十一。三十。そして、二十九。
「テツロー!」
「オーケー。もう大丈夫だ姉御。この深度なら、もう」
 海龍の息吹(ドラゴンブレス)の、射程内だ。

 水流を切り裂いて一本の火線が走った。火線はそのまま鱗に覆われた巨体を貫き、突き抜ける。
 化けクジラの咆吼が、機体の振動を通して伝わってくる。
 一本、二本と、さらに火線が帯をつくる。水面直下から射出された二十五ミリ弾が秒速二百八十メートルの衝撃を叩きつける。上顎。下顎。そして残っていたもう一つの瞳。遙か上方に陣取る射撃手は、確実に怪物の手薄な部位を撃ち抜いていた。
 海洋哺乳類型変異種(ダゴン)の身体から流れ出た血が海中に帯を引く。その動きは明らかに緩慢に、そして力弱いものになっていた。
 それでも火線は容赦することなくその巨体を撃ち抜き続ける。五発。六発。それらはすべて、邪神の急所を過たず撃ち抜いているはずだった。
 海面に近付き、水の闇が薄くなる。テツローはカメラを上に向けた。探査艇の底に貼り付くように。しらなみとはまた違う、もう一機の着繰身(シェラフ)が見えた。
 しらなみよりもさらに一回り痩身のフォルム。だがその両腕から前面下方に向けられた長い長い銃身と、その頭部に備えられた長大なスコープが、その存在の特異さを表現していた。
 対海洋生物戦用着繰身(シェラフ)。その名をあおなぎ。その両腕に抱えられている狙撃銃(スナイパーライフル)は、あおなぎの搭乗者とテツローが協力して組み上げたものだ。
 長距離から音速を超える速力で撃ち出された弾丸は、暗黒海に適応し、常闇に棲まう邪神たちをも打ち倒す力を持つ。そしてそれは、搭乗者の能力を持ってして為し得る神業だった。
 だから。その銃と弾丸と神業を、搭乗者の名にちなんでテツローたちはこう呼んだ。
 海龍の息吹(ドラゴンブレス)、と。
 海洋哺乳類型変異種(ダゴン)が暗黒へと堕ちてゆく。それはまるで日の光に貫かれたのようで。
 巨体から幾条もの血の帯がたなびく。そして、今までどこに眠っていたのか。魚類型変異種(ディープワンズ)たちが群がり、血の匂いを追うようにして、闇の中へと消えていった。
「……邪神の僕が、邪神を喰う、か」
「ヤツらに上下なんてないさ。あるのは、生きるための本能だけだ」
 操縦席が光に満たされる。浮上が近かった。
 テツローはアイライトのスイッチを捻り、オフにした。

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  1. 2007/11/07(水) 03:44:13|
  2. 茶林小一【バブルダイバー】
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バブルダイバー 1st EPILOGUE

 海面は穏やかだった。
 テツローはくろしおを揚艇させる。エネルギーは尽きる寸前だった。格納庫(ドック)から射出された牽引ワイヤーを接続し、通信盤前のマニにその旨を告げる。ついでに軽口を一つ二つ。きっとたおやかな顔は眉根が寄っているだろう。
 ウインチが巻かれ、海上へと揚がる。サブ動力を切り、排水。今では慣れたルーチンワークだ。
 くろしおをしらなみの隣りに降着させ、ハッチを開けると、全員が出迎えてくれていた。
 先に揚艇していたしらなみの操縦者、ドーリン。女性にしては高い身長と褐色の肌、ブルネットの髪。切れ長の色気溢れる瞳と大きな盛り上がりを形成した女性らしい陰影(シルエット)が印象的だ。
 その隣りにあおなぎの操縦者、龍(ロン)。本人申告では三十五歳。身長はメンバーの中で最も高い。おそらく二メートルに近いだろう。そして、メンバーで最も痩せて見えた。しかしテツローは、その身体には十分以上の筋肉が乗せられていることを知っている。
 龍(ロン)というのは本名ではない。最初に会ったときに、そう呼んでくれと本人が言った。それが通り名なのだという。
 龍(ロン)はいつも長袖の服を着用している。その下には右腕に昇り龍、左腕に降り龍の入れ墨があるからだ。世界がこうなる前も、いわゆるカタギでない仕事に就いていたのは間違いない。銃の扱い一つを見ても、そう推察できた。
 マニ、アワ、ナイの三姉妹は龍(ロン)が連れてきた。髪型と身長は違うが、同じ形と色の民族服を身につけている。この三人はいつも大抵この民族服だ。あまり馴染みはないが、テツロー個人は結構好みだった。
 長髪のマニ、おさげ髪のアワ、ボサボサ頭のナイがテツローを見る視線は微妙に違う。特に最近、なぜだかマニには避けられているような気もする。
 三人娘はまだこの船に来て日が浅い。潜行者(ダイバー)の生活にもまだまだ慣れているとは言い難かった。今のところ、長女のマニを除いては、よくいって無駄飯ぐらい、といった案配だ。
 隣りに医者先生(ドク)も来ていた。これは珍しいことだ。いつもの色眼鏡を架けてにやにや笑っている。格好もいつものTシャツの上に一張羅の白衣。テツローとそう変わらない歳のはずなのに老成した表情と物腰をしている。どこから見ても怪しいことこの上ない。
 本名は何だったか。一度聞いたことがあったが、それはまったく聞き覚えのない言語で、その上長ったらしかったため忘れてしまった。このお医者先生は通信機器の専門家(ドク)でもあったので、いつの間にかみんな『ドク』の呼び名で統一されてしまった。
 そして皆より一歩前に。テツローと同民族であることを示す肌の色をした艇長、ミスター=トーゴーが、これまた苦み走った笑顔で迎えてくれた。
 ドーリン、龍(ロン)、マニ、アワ、ナイ、医者先生(ドク)、トーゴー。そして、テツロー。
 これが三機の着繰身(シェラフ)を擁する海洋探査艇『こんごう』の全スタッフだった。
「よう、テツロー。災難だったな」
「どうなってんだ、艇長(ボス)。情報では農場だったはずが、商業施設になっているし。それにあそこは……間違いなく邪神の棲家(ル=リエー)だった」
「そのようだな」
 トーゴーの顔から笑みが消える。
「情報はお前も知っている、李(リー)のところから買った。出所は確かだし、李(リー)には今のところ俺たちを裏切って得をする要素はない。そこで、クイズだ」
 白人のような大きなジェスチャーで、全員に問いかけるようにトーゴーは言った。
「いったいどうしてこんなことになったのか?」
「李(リー)に嘘の情報を流したヤツらがいる。そいつらは何らかの理由で、俺たちをここに足止めしたかった。あわよくば壊滅的な打撃を受けて、当分活動できないように。それが狙いだ」
「グッド。今日も冴えてるな、テツロー」
「白ブタ(ホワイト)どもの考えそうなことだ」
「こんな世の中だ。人種差別はよくないな、テツロー」
「みんなが仲良くすれば、それでハッピーかい?」
「どこかの児童基金はそんなことを言っていたな」
 テツローはドーリンの隣りに並んだ。全員の中央にトーゴーが移動する。
「ドクに周辺の通信を調べて貰った。ここから二十キロ。俺たちの縄張りだな。その場所でどこかの誰かさんが活動している形跡があるらしい」
 トーゴーが再び人の悪い笑みを浮かべた。
「どうする?」
 答えは決まっていた。
 ドーリンが拳と掌を打ち合わせる。龍(ロン)は無言であおなぎへと歩み出した。ドクも三人娘の肩を抱いて、操縦室(デッキ)へ向かう。
 テツローはトーゴーと目を合わせ、こちらも笑みを浮かべた。
「こんな時代だからこそ」
「仁義(ルール)は大切だ」

 地表が海の底に沈んだ世界。多くの生命は厄災と共に霧散し、ヒトも例外ではなかった。
 しかしそれでもヒトは滅びなかった。その数を大きく減らしたものの、絶望に包まれたその世界でも、生を享受する一部が存在していた。
 彼らのさらに一部は僅かに残された陸上にしがみつき、残りは海の上で生きることを選んだ。彼らの生き方は大きな変貌を余儀なくされた。
 だがそんな中でも。そんな世界でも。
 ヒト同士は意思の疎通を欠き、争いを忘れず、互いに小さな集合をつくり、それらは泡のようにくっつきあったり、衝突しあったりして、あちらへ、こちらへと彷徨っていた。
 それはこんごうの搭乗員(クルー)と、その周辺とて例外ではない。
 彼らは、バブルダイバー。
 泡の世界を生きる者たちだ。


 - BUBBLE DIVER 1st EPILOGUE -

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  1. 2007/11/13(火) 19:41:43|
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Author:茶林小一
 バカSFからバカSMまでをモットーに、火星人や大和撫子などの絶滅危惧種を保護するため世界緑化運動を推進しています。応援よろしくお願いします。

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