緑乃帝國 緑のオンライン文芸誌

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形而上学的的マイカー天国

 そもそもあれだ。100年も前から、みんな騙されてる。
「お客様。お車は三年ごとに乗り変えるのが紳士のたしなみです。この機会に、ぜひ」
 中年の営業マンが、ひらりと書面を差し出した。ふん。数字をみれば、たしかにお得である。だが、そもそも買わなければ、もっとお得なはずだ。
 とはいえ、欲しいものは欲しい。騙されようが、相手がゲーハーであろうが、問題ではない。
 それでも悩み続けていると、営業マンは「仕方がありませんね」とため息をついた。
「我が社の開発コンセプトをご理解いただくために、極秘商品をご案内しましょう。ただし限定車なので、とっても高いのです。なにしろハイセレブ向けなので、おいそれとは買えません。でも見せます」
 いやに親しげに、俺の肩に腕をまわすと、灼熱地獄となった外へと連れ出したものである。
 分かってる。なにかとフルオートになっている退屈な車であろう。そんなものに大金をはたくのはジジイの世代だけだ。車は操作してなんぼのもの。俺は流行の最先端、フェンダーミラーのマニュアル車が欲しいのだ。
 やがて奥にある、いやに古びた怪しい車庫の前に立った。錆びついたシャッターをギャリギャリと開けると、姿を現したのは、夏の陽射しを浴びて輝く真っ赤なコンバーチブル。
 その派手な姿に目を奪われたが、すぐに「バカか」とあきれた。この22世紀の東京で、オープンにして走ろうものなら、一時間で塵肺になるだろう。むかしのアメリカは正しかった。京都議定書など絵に書いたモグラだったのだ。
 それでも営業マンは、頭皮のアブラをふきふき、「さあどうぞ」と誘ってみせる。俺は「死んでもいらねえよ」とせせら笑った。
「どうです。最新式の、癒し仕様は?」
 なんだこんなものと、いいかげんに乗り込んだ。すると、どうにもおかしな具合になった。
「うむ。デラックス仕様やスポーツ仕様などとは比べ物にならん。死ぬほどいいぞ」
 よく見れば、東北系27歳仕様というシートは、柔らか過ぎず、ベタつきもせず、ちょっと太めのくびれ具合もソツがない。そして乳――いや、背凭れにある凸部が、くすぐったくもあり、愛おしい。
 気になるのは、ハンドルに、大きなプラスティックカバーが被せられていることだ。そのまま運転できるというが、形が、変だ。
「あ! お客様。困りますのです。それはハイセレブな方だけの――」
 営業マンがあわてふためいた。かまうことなくバリバリと外す。と、思わず赤面した。
 ありえないほど大きな、パステルカラーのブラジャーが装着されていた。そしてクラクションの部分に、巨大な丘陵がふたつ、牧歌的に並んでいたものである。
 目頭がカーッとなり、涙が滲んだ。
「いくらだ」
 口が勝手にそう言った。
「お客様のご予算では、とてもとても」
「ムリかどうかは客の俺が決めるものだ。早く言え」
「消費税25%込みで、ザッとこれくらいでございます」
「に、にしぇんまんえん!」
 ほとんど悲鳴であった。
「ゴホン。つまり、なんだ。そいつは、お得なのか」
「いまだけ、白いレースのブラと、スポーツブラもサービスしております」
 その一週間後である。営業マンが言う通り、一枚の証書を差し入れると、なんなく新車のキーを手にすることができた。

 夜の9時、仕事から帰ると、すぐさま愛車に乗り込んだ。
 そうだ。これから海に行こう。
 新車とは、いわゆる処女である。モータリゼーション発展期から、そう決まっている。静かな夜の海で、車と仲良しになりたいと思った。
 俺のはやる気持ちを他所に、下のルートは混雑していた。仕方がないので、北池袋から首都高に乗ることにした。
 しかし、いつ見てもひどいもんだ。どれだけ老朽化が進もうとも、コンクリにバンソウコウを貼るような工事だけで、非常にみすぼらしい。なにかとギシギシと揺れるので、いまにも船酔いをしそうになる。いつ崩落してもおかしくないのだが、便利がいいので、危険を承知でみんなが使う。
 5号線はすいすいと進んだ。ところが例のごとく、竹橋ジャンクションで渋滞がはじまった。しかしイライラなどしなかった。この新車には、最先端の機能がある。
 ここぞとばかりに、そおっとカバーを外す。たちまち、甘く、清純な、フローラルグリーンの香気がふわっと広がった。
 ゴクリと喉を鳴らし、大きな膨らみをしげしげと見つめる。その豊満かつ優美な指数曲線だけでもゾクゾクした。ブラに施された刺繍も繊細を極め、これを目で追うだけでもひときわ愉快だ。
 おもむろに姿勢を伸ばし、俯瞰してみれば、神がもたらした造形美に鳥肌が立つ。アーレルヤ、東北系。シルクの向うでも、おコメが立っておるようです。
 いてもたってもいられなくなり、ふんふんと鼻を鳴らし、ブラをそっとずらしてみる。うす桃色の丘陵がふるふると揺れ、その中心で、秋の実りが天を突いていた。震える手で、そいつをくりくりっとやる。恥ずかしさのあまり、ツーンときた。
「♪I was dancing with my daring to the Tennessee waltz」
 パティー・ペイジの色っぽい歌声が流れた。
「ぼ、ぼりゅーむを、大きく、せね、ば……」
 あくまで音量調節のためである。キョロキョロとやってから、背中を丸め、またしても、こりこり、くりっとした。
「あ。このヤロウ!」
 突然だった。ピンクの小型車が、強引な割り込みを仕掛けてきたのである。これだから女はイヤだ。
 容赦なくクラクションを叩きつける。ぶにゅっとした弾力はすさまじく、たちまち夢見心地になった。一方、割り込みをした女は、「うるせえ。殺すぞこの短小!」と拳を振り上げたが、こちらの顔をみるとぎょっとして、静かになった。
「これは――恐ろしいほどの癒し仕様。最先端はやることが違う」
 ムカムカはすっとしぼみ、渋滞も、あっという間の出来事となった。
 今度はドライブ機能を切り替えてみよう。ブラに両手を載せて、左の掌でその丘陵をこねくってみる。
 どうしよう。涙があふれて止まらない。科学はついに神の領域まで達したのか。
 車体はゆっくりと左折をはじめた。
 さて、竹橋を抜けたあとが問題である。この先で環状線と合流する。さらにそのすぐ先に、またしても分岐点がある。渋滞なら割り込みも楽だが、そこそこ流れていると厄介だ。どの車も、やはり右に左にと移動しまくるからである。
 案の定、合流点はそこそこ流れていた。どの車も気色ばんでおり、クラクションの阿鼻叫喚であった。その合間を縫い、どうにか環状線に割り込めたが、もう一回、右車線に移動せねばならない。分岐点は、すぐそこまで迫っている。
「ひっ!」
 前をゆくタクシーと小型トラックが、タイヤから白煙を上げた。先に行かせろ、お前なぞ入れるものかと、激しいつばぜり合いをはじめた。いつもながら、正気の沙汰ではない。
「バカどもが。金など惜しまず、癒し仕様に乗ればいいものを」
 いい加減にしろと、クラクションを鳴らす。
「はふう」
 うっかり恍惚としてしまい、それが悪かった。
 急カーブだ。ハンドルを切る。が間に合わぬ。車の鼻先が壁面をなめて、ギャリギャリバチバチと火花が飛んだ。腐蝕したコンクリが、スポンジのように削れて飛んだ。
「し、死ぬかと思った」
 どうにかなったと思いきや、ボカンと口を開けた。
 いきなり割り込んできたワゴンが、スピンをやらかしたのである。クルリと向いた運転手の顔が、だらしなくたるんでいる。しまった。癒し仕様車だ。隣の車線を走っていたミニバンと衝突し、ビリヤードのように弾けて飛んだ。ミニバンの中年はもっとひどい。よそ見どころか、その顔をハンドルに埋めている。
「野郎。そういうことか!」
 営業マンのにやけた顔が浮かんだ。
 ヤツらの狙いは、もはやローンの利息ではなく、生命保険にあったのだ。思えば事故死NO.1の乗り物ではないか。知ってはいたが、気づかなかった……。
 いつの間にか、色とりどりのコンバーチブルに囲まれていた。つまり、限定車ですらなかった。
 連中も、ムリして保険を組んだあげく、ロマンチックなデートスポットを目指していたに違いない。目的地までカバーを外さねば良いものを、男とは、かくも愚かな生き物であったか。
 あれよあれよと突き飛ばされ、揺さぶられ、気がつけば、俺は夜空を飛んでいた。
「やあ、今宵は満月であるか」
 喧騒がウソのように消え、時が止まった。下を見ると、オンボロの首都高から、車がバラバラとこぼれ落ちている。さもありなん。
 目の前に、野村證券のビルが迫ってきた。窓際を歩いていた、タイトスカートの女が、こちらを凝視したまま硬直している。なんたる貧乳。東京系28歳仕様だ。実にけしからん。
「もはやお前だけだ。あの世でも一緒になろう」
 東北系のハンドルを抱きしめた俺は、めらめらと炎上する東京で、最後のキラメキを――。
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  1. 2006/08/18(金) 15:14:41|
  2. 朝倉昭
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:1

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茶林小一

Author:茶林小一
 バカSFからバカSMまでをモットーに、火星人や大和撫子などの絶滅危惧種を保護するため世界緑化運動を推進しています。応援よろしくお願いします。

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